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日本の長寿村・短命村を調べ続けた男

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●いつの時代も絶えない健康ブーム

昭和10年頃から35年以上日本中の999もの村々を自ら歩き回り、どういった食べ物を食べている村に長寿者が多く、逆に短命な人が多い村はどんなものを食べていたのかを調べた男がいました。その人の名は東北大学名誉教授で医学博士の近藤正二という人です。
近藤博士の調査で、食べ物によって長寿村と短命村が分れることが分かったのです。

●白米の多食と野菜不足が短命になる

1602-1 近藤博士が調査をしていた時代は、昭和10年頃から昭和45年ですから、戦前、戦中、戦後、そして昭和の高度成長期と長きにわたります。
その間、日本人の食生活もずいぶんと変化したでしょうが、しかしそこには明らかにそれを多食すれば、短命になるというものがありました。
意外なことに、それは日本人の主食お米、白米です。特に昔の人はお米を多食していました。大きなお茶碗に山盛りのご飯を、わずかなお漬物で何杯もおかわりするということは珍しいことでなく、むしろ当たり前の食習慣でした。
当時の日本人にとって、いいえいまの日本人にとっても、お米は神聖であり、お米には「込める・籠める」といった意味もあり、それは霊的な力が籠っているという意味でもありました。そして稲(イネ)は『命の根』という意味でもあります。
また日清日露戦争のとき、若者たちは「白いご飯がたらふく食べられる」というので、進んで軍隊に入隊したりもしました。
江戸時代では、江戸っ子の自慢に白米を山盛り食べることであり、そのためビタミンB1欠乏症である脚気にかかる人が多く、脚気は江戸から出ると治ることから『江戸患い』とさえいわれていました。
江戸時代では、白米は江戸や大阪のような大都会でないと常食できませんでしたが、昭和初期ともなると、多くの人が大好きな白米を食べられるようになってきましたが、それでもまだまだ贅沢品でした。
そんな日本人にとって大切なお米ですが、近藤博士が全国990の村や町を調べたところ、米ばかりで野菜を食べていない村は総じて短命な人が多かったのです。
漁村などでも、米と魚ばかりで野菜不足の村は短命であったとか。

●緑黄色野菜・海草・大豆食品が長寿の決めて

では長寿村の人たちはどのようなものを食べていたかというと、緑黄色野菜、海草、大豆食品を多く食べていたとのこと。
魚は切り身ではなく、小魚を丸ごと食べる習慣を持っている人たちのほうが長寿であったそうです。
このように書くと、まるでご飯がまるで悪役のようですが、ようはいろいろな食品をバランスよく食べるということが長寿につきるということでありましょう。

●近藤博士の研究を現代に応用する

近藤博士の研究は、昭和10年~45年頃ですから、いまの食習慣とはずいぶんと違っています。博士が研究をしていた昭和40年頃は、日本人がもっともお米を食べていた時代で、年間1人当たり120キロ近くを食べていたのが、現在では60キロ程度にまで激減しています。
これはお米以外にパンや麺類といったものに取って代わられたからでしょうが、近藤博士の研究を現代に応用するとしたら、いま流行りの糖質制限ダイエットは有効かも知れません。
そして、現在は昔にはなかったジャンクフードやスナック菓子を取り過ぎないようにすること。
ただし、糖質や脂質を完全にカットするのではなく、適量は必ず摂ったほうが良いようです。と。いうのも、人間の脳というのは、ほとんどが脂肪でできており、人体でもっとも糖質を消費するのも、脳なのですから、脳のためにも糖質や脂質を与えてやらないと、充分に知能を生かすことができず、認知症になりやすくなるとか。
ちなみに人間に必要な糖質は1日170gの糖が必要で、そのうちの120~130gは脳で消費され、30gは赤血球のエネルギー源として使われるそうですので、何事も極端は良くないということでしょう。
そして、近藤博士の研究にもあるように、緑黄色野菜、海草、大豆食品をたっぷりと食べる。
いま日本の国民病になりつつあるうつ病なども、これらの野菜や大豆食品、動物性たんぱく質を摂ることで予防や改善が可能だそうですから、炭水化物やジャンクフードやお菓子を減らして、野菜や肉をバランスよく摂るのが健康で長生きする秘訣かも知れませんよ。

※参考文献 近藤正二著『新版 日本の長寿村・短命村』サンロード出版刊
生田哲著『心の病は食事で治す』PHP新書刊
(食文化研究家 巨椋修(おぐらおさむ)/絵:そねたあゆみ)2016-02

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