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天才ゆえの蹉跌

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 小惑星探査機「はやぶさ」が砂を持ち帰ったことで有名になった小惑星「イトカワ」。その語源ともなった日本ロケット開発の父・糸川英夫博士は、記者会見の席で記者から「ロケットの初速は?」と質問された際、「初速は、キミ、ゼロですよ」と答えたとか。(まあ、確かに動き出す前はゼロなんでしょう。)こんなふうだから、当然、マスコミ受けは良くなく、某新聞社から執拗なまでのネガティブキャンペーンを展開され、結果、宇宙航空研究所を追われた。天才ゆえの蹉跌。この点で思い出されるのが、豊臣秀吉の名軍師として知られる如水こと黒田官兵衛の話。

戦国末期、織田と毛利の二大勢力が播磨(兵庫県)を挟んで対立。当然、播磨の諸豪族は両勢力から自陣営に与するように勧誘工作を受けたが、当時、同国の小豪族の家老だった官兵衛は「織田か毛利か」で揺れる小寺家中にあって、あっさりと、「勝つのは、キミ、オダですよ」で通した。糸川博士や黒田官兵衛のように天才的な頭脳を持った人にとっては逆に何でわからないのかがわからないのでしょう。

しかし、官兵衛にとっては「そんなの当たり前じゃん」でも、他の凡百の重臣らにとっては「官兵衛はああ言っているが、やっぱり、新興の織田と違い、老舗の毛利のほうがいいんじゃないのか?」って気にもなるもの。それも無理からぬことで、判断を誤れば自分はもとより家族の命も財産もすべてを失うことになるわけで、その上さらに「近隣の連中は皆、毛利に付くって言っている」という声ばかり聞こえてくると、「本当に官兵衛の言うとおりでいいのか?あいつが優秀なのはわかっているけど、絶対に判断を誤らないって言い切れるのか?」となる。結果、不安に駆られた重臣たちは殿様を炊きつけて、有岡城へ使いに出た官兵衛をそのまま拘束させてしまい、官兵衛の体は長期に渡る劣悪な環境の中でボロボロになってしまう。

もっとも、それはそのまま、話を聞く相手のレベルが高ければまったく逆の現象をもたらす。官兵衛が信長や秀吉から信頼を勝ち得たように、糸川博士も妙に政府から金を引き出すのは上手かったとか。ただ、こういう頭の回転が早すぎる人はとかく、相手の言わんとしていることがすぐにわかってしまうものだから結論を急ぎすぎるもの。官兵衛には「人の話を最後まで聞かない」結果のポカという逸話が多い。

そして、この点は、天才という点なら人後に落ちない織田信長もまた然りで、官兵衛が幽閉された際には裏切ったと決めつけて一子長政を殺すように命令し、最後は家臣の裏切りにあってあっさりと本能寺の業火の中に消えた。

(小説家 池田平太郎)2016-10

 

 

 

 

 

 

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