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大金持ちの財力

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(文:小説家 池田平太郎/絵:そねたあゆみ) 2017-3

 現在の三菱電機や三菱銀行、三菱自動車などで知られる三菱グループに繋がる「三菱財閥」の創業者・・・と言えば、おそらく、多くの人が「岩崎彌太郎」と答えられると思いますが、実は、彌太郎は三菱の創業者ではあっても三菱財閥の創業者ではありません。彌太郎の三菱はその死後、別の会社と合併し、現在の日本郵船になっており、つまり、系譜の上ではまったく別の会社ということになるわけです。では、三菱財閥を築いた人は誰かと言えば、彌太郎の16歳下の弟、岩崎弥之助です。  弥之助は兄の死後、行き詰まっていた海運業から撤退。新たに、鉱山開発と造船業に活路を求めます。「海から陸への転換」を目指したわけですね。やがて、三菱は順調に成長し、三菱財閥が形成されていくわけですが、弥之助は当初の9年間社長の座にあっただけで、事業が軌道に乗ったのを見届けると、あっさりと、亡き彌太郎の長男・久弥に社長を譲っています。弥之助としては、「元々、この会社は兄が作った物。私は甥が成長するまで預かっていたにすぎない」ということだったようですが、なかなか、見事な出処進退です。  で、私が言いたいのは、弥之助その人の素晴らしさ・・・ではなく、この後のことで、悠々自適となった弥之助は明治35年、欧米視察の旅に出ています。当時は、今と違い、船旅ですから、単純に行って帰るだけでも何ヶ月もかかることも珍しくなく、結果、弥之助が日本を出て帰国するまでに要した日数は7ヶ月強。事実上の世界一周旅行ですね。  ただ、時代は日露開戦前夜。ロシアの圧力は日に日に高まっており、日本は強大なロシアに対抗すべく日英同盟を結んだばかり。そのため、特に、後ろ盾となってくれる同盟国イギリスの首都ロンドンには約70日間滞在し、連日、政財界の要人を招いてのパーティを主催しています。ただ・・・、現在、ロンドンの最高級ホテルのスイートルームは一泊150万円。となると、弥之助だけの部屋代でも1億超。これにパーティでの交際費に随行者の宿泊費が加わり、かつ、ドイツやアメリカなどにも滞在しているわけで、旅全体での総額となると、一体、総額でいくらかかったんだ・・・と絶句します。  ちなみに、弥之助はこの少し前に、それまでどんぶり勘定だった岩崎家の財産を甥の久弥と分けていますが、そのうち、弥之助が得たのはわずか二割。残りの八割は久弥に渡しており、この点でも見事という他ありませんが、逆に言うと、わずか二割でもこの財力ということ。改めて、財閥の財力というものの凄まじさがわかるでしょうか。なお、現代のアメリカの富豪、ビル・ゲイツの家族旅行は150億円という話もあり、大金持ちの財力には気が遠くなりますね。 (小説家 池田平太郎)/絵:そねたあゆみ  2017-03

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