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デザートという食文化

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(絵:吉田たつちか)

●人間の食事はガソリンでもエサでもない

 食は文化です。文化というのは世の中にとって実利的なものばかりではなく「遊び」や「楽しみ」も含まれます。食べることは多くの人にとって、大変な楽しみですが、食べ物はエサではなく、身体を正常に営むためのガソリンのようなただの燃料でもありません。

 人間がただの機械なら、食べる楽しみもいらずただ効率のいい肉体の燃料でいいのですが、そうはいきません。ただの燃料ではなく、美味しく楽しみながら食べたいものですよね。

 その象徴ともいえるのが、肉体の燃料というより、人生の楽しみというべきデザートではないでしょうか?

●砂糖の発見と栽培

 人類がデザート、いってみれば【甘いもの】を好んで食べるようになったのは、はるか原始の時代、あるいはそれ以前に人間に進化する前の時代であったことでしょう。その時代の甘いものは、果実、くだものであったに違いありません。

 やがてヒトは果実を干したりして甘味を楽しむこともあったことでしょう。ドライフルーツはお菓子の原点であったかも知れません。

 しかしやはり、甘いものに革命を起こしたのは、砂糖という究極の甘味の発見であったはずです。太古の時代、砂糖はサトウキビから作られました。人類最初のサトウキビの栽培は紀元前8000年、ニューギニアからはじまったと言われています。

 そして西暦1世紀、インドでサトウキビから結晶を作り出すことに成功。砂糖の登場です。

●超高級品の砂糖が気軽に食べられるようになるまで

 古代において、砂糖は薬として使われたりもしたようです。しかしここではそんなことは飛ばして、中世から近世にかけて砂糖を使ったデザートが中国でもヨーロッパでも作られるようになりました。

 しかしその時代は超がつくほどの高級品でした。

 この砂糖伝播の歴史もかなりおもしろいのです。ヨーロッパに砂糖が伝わったのは悪名高き十字軍遠征でイスラム帝国からであり、やがて中米などで砂糖を栽培するために、黒人奴隷が酷使された暗黒史などもあります。

 それはさておき、スイーツの歴史を語りましょう。砂糖がない時代は果実やハチミツが甘未の代表でした。近世になり砂糖が登場。ヨーロッパではバターなどの乳製品と砂糖が合体。18世紀のフランス革命までスイーツは、貴族など一部の特権階級のみの贅沢品でした。

 20世紀になると、スイーツは庶民も口にできる嗜好品となります。例えば昭和の日本では庶民の子どもたちが小銭を握りしめ、駄菓子屋にいってちょっとしたお菓子を買い食いすることもできるようになりました。

●お菓子、スィーツは時代とともに

 日本の場合、昭和の終わりごろから平成時代、スイーツは様々な流行を見せることになります。

 いまも大人気のクレープが日本に登場したのは昭和52年(1977)です。

 平成2年(1990) ティラミスが大流行。

 平成4年(1992) 第一次タピオカブーム。

 平成5年(1993) ナタデココブーム。

 平成6年(1994) パンナコッタブーム。

 平成9年(1997) ベルギーワッフル……

 キリがないのでここらへんにしますが、まるで怒涛のように新スイーツが流行し、廃れるのではなく定着していきます。

 そして令和の時代である現在のブームは第三次タピオカブーム。お菓子、デザート、スイーツなどというものは、主食ではありません。まさに食の娯楽。食のエンタメ。生きるために絶対に必要というものではなく、日々のゆとりや楽しみ。

 文明・文化というものは、このような余裕・余力を生むものなのです。今後、まだ見ぬスイーツが発見されたり作られたりして、大流行することでしょう。それもまた食文化。これから来る未知なるスイーツを楽しみにしようではありませんか。

(文:食文化研究家:巨椋修(おぐらおさむ))2019-10

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