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田中角栄人たらしの妙

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(絵:吉田たつちか)

 よく、「あの人は頭が切れる」とか「彼は頭が良い」などと言いますが、そもそも、「頭が良い」とは何でしょう?この点を、田中角栄は「頭の良さとは記憶力である」と喝破しました。では、彼の記憶力がどういうものだったか。私の「記憶」に残っている話があります。
 三重県尾鷲市陳情団が角栄を訪問したときのこと。すると、角さんはその場で、尾鷲市のだいたいの地図を書いてみせ、それに、駅と主要道路を書き込み、話が終わると、「この件は今後、何かあれば私の所へ来てください。私が責任を持ちます」と言ったと。いやこれは、誰でもファンになるでしょ。みんな、しびれたんじゃないですか?まあ、それはさておき、地図について言えば、直前に地図を見て大体の所を把握することはできたでしょう。が、それでも、普通、付け焼き刃ではそこまでの芸当はできませんよ。おそらく、彼は各地の自党候補の応援に行くときに、そこが元々、何によって形作られ、どういう経緯を経て、今に至ったのかということを把握していたのだと思います。土建屋の目ですね。
 でも、数学ができる人の頭の良さなどは記憶力とは違う気がします。とはいえ、そこは数字に抜群の強さを示した角さんだけに。確かに、計算も、先に算出した数字を覚えておいて、それに加減乗除することの繰り返しとみれば、記憶力を基盤としていると言えなくも無いでしょうか。で、それらを踏まえた上で、私が最近思うようになったがあります。それが「頭の良さとは気がつく」ということではないかと。
 渋沢敬三という人がいます。あの、渋沢栄一の孫ですが、この人が、終戦直後、日銀総裁をしていたとき、GHQ(占領軍)の査察官が突然、兵士を従えて査察にやってきたそうで、査察終了後、査察官は「一週間以内に全支店の報告書を出せ」と命令。すると、渋沢総裁が「無理です」と返答。「何!貴様、GHQに逆らうのか!」「いえ、空襲で通信網が寸断されており、遠隔の支店に連絡が取れません」「・・・それなら、いつできる」「二週間かかります」「OKだ」で終わったと。
 これって、当たり前のことのようですが、おそらく、他の人たちは銃を持った兵士を前に顔色蒼然。誰もそこまで考えが回っていなかったと思いますよ。査察官が去って、さあ手配しようとして、初めて、「通じない」、「二週間かかる」と気づくのが普通でしょう。それを、突然聞かれて、瞬時に「電信が切れている」、「二週間あったら間に合う」ことに気が付く。これが、記憶力だけと言い切れない「頭の良さ」ではないかと思うわけです。まあ、メモ紙を探すうちに書く内容を忘れる私には、そもそも、縁がない能力ですけどね。

(小説家 池田平太郎)2021-08

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