1628年(寛永5年)、日本とオランダとの間で起きた紛争にタイオワン事件がある。(「タイオワン」とは当時の台南市安平区を指すオランダ名で「台湾」の語の由来)。これは、オランダが「台湾に寄港する外国船に10%の関税をかける」と宣したことに反発した長崎代官・末次平蔵配下の浜田弥兵衛が、一瞬の隙をついてオランダ台湾行政長官ピーテル・ノイツを人質にとり、そのまま長崎へ連行したもの。長崎では互いの人質を交換する約束だったが、末次代官はこれを無視し、オランダ人らを大牢に監禁した上、平戸オランダ商館を閉鎖。
結局、オランダ側は「事件はノイツの対応が原因」としてノイツを解雇した上で抑留を容認、一方、日本側は末次を江戸に召喚し投獄(獄中で死去)する形で一応の決着を見た。(1632年にはノイツは釈放され、平戸オランダ商館も再開。2年後には日本人が台湾に渡ることも禁止された。時代は大坂夏の陣と島原の乱の間の時期であり、戦国を否定し、鎖国を志向する幕府の姿勢が垣間見える。)
ところで、この「ノイツの対応」だが、1775年にオランダ商館の医師として長崎に滞在したスウェーデン人カール・ツンベルクは、事件を、「日本人商人に対するノイツの扱いが非常に酷かったため、甚だしい侮辱であると憤慨した侍臣による復讐」と評した上で、同時に、「日本人は普段は侮辱に対し言い返すようなことをしないが、憎厭の念を心中にため込み、機が至れば直ちに殺傷に至るような復讐に出る」と注意を喚起している。
なるほど、この「日本人の国民性」については私自身思い当たることがある。以前、飛行機に乗ったところ、先に座っていた隣席の中国人がこちらの席にはみ出して足を拡げている。ムッと来たが、最初に主張しておくのが中国流とは聞いていたし、いきなり、事を荒立てるのも大人気ない。黙ってそのまま座ったが、こちらが足を拡げたくなったら、いつでも遠慮なく実力行使に出るつもりだった。まあ、実際には相手もいつまでもその態勢を続けているわけにもいかず、足を閉じたのを見て、今度はこちらが足を拡げたが、向こうは特に何も言わなかった。その彼も私がイヤホンの端子がわからずに探していたら、「ここ」と教えてくれたから、必ずしも悪い奴でもなかったのだろう。
この点で、香港駐在経験がある佐々淳行翁によると、英国統治時代の香港大丸支店長曰く、「中国人は買う前に散々吟味し、気にいると必ず正札を値切るが滅多に返品に来ない。日本人は値切らずに買うが、後から気にいらないといって返品に来る。英国人は、よく吟味し値切り、しかも返品にくる」と。
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