おもしろコラム通信 11月号 2005.11.21No.019

 

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芭蕉の忌日「時雨忌(しぐれき)」

旧暦10月12日、俳聖松尾芭蕉の忌日で「時雨忌(しぐれき)」と呼ばれます。「時雨」とは晩秋から初冬にかけて不意に降ってくる冷たい俄か雨のことで、通り雨の如く過ぎることから「過ぐる」が転じて「しぐれ」となったとされています。現在「時雨忌」は芭蕉のお墓がある滋賀県大津市義仲寺で新暦11月第2土曜に法要と句会が、他にもゆかりのある各地で俳句大会等が開催されています。「時雨」は旧暦10月(新暦の11月頃)の異称としても使われ、芭蕉が好んで詠んだ季語の一つで、「初しぐれ猿も小蓑をほしげ也」「時雨るゝや田のあらかぶの黒むほど」など名句も多く残されています。芭蕉は元禄7年の秋、長崎へ向かう途中の大阪で病に倒れ、同年10月12日に門人らに看取られながら51歳の生涯を終えました。辞世の句となった「旅に病んで夢は枯れ野をかけめぐる」は、「旅の途中で病気になっても夢の中では草の枯れた野原を旅している」といった意味で、旅に生き旅に死した芭蕉の生涯を如実に表している名句と言えるでしょう。「奥の細道」の旅の初め、千住に滞在した日数が多いにも関らず作品中に消息が殆ど無いため、隠密としての任務を受けに行っていたのではないか出生地伊賀との関係から実は忍者だったのではないか、など諸説が伝えられ、俳聖としての絶対像と謎に包まれた神秘性の両面に、現在に至っても興味が尽きることのない偉大な人物です。(現庵)

 

蛙が教える努力の素晴らしさ

日本のカードゲームの代表的なものに、花札がある。これは、天正年間(1573〜1585)に入ってきたポルトガルのトランプのようなものが、日本人でも楽しめるように改良されたもので、今でもゲームの一つとして残っている。別名、花カルタとも言う。1月から12月の季節の花をカードに現し、各4枚ずつ、計48枚の組み合わせにより、点数を競う。

11月の札で、雨の中、傘をさす烏帽子姿の男性の目の前で、蛙が柳の枝に飛びつこうとしているものがあるのをご存知であろうか。この男性は、実在の人物だ。小野東風という書家で、歌人として、また恋多き女性としても有名な小野小町の従兄にあたる人。書家として大成しながらも、慢心をせず、晩年まで努力を続けた人らしい。彼に努力の素晴らしさを教えたのが、花札に彼と共に描かれている、蛙だ。

ある日、東風は、蛙が自分の背丈の何倍もの高さにある柳の枝に飛びつこうとしているのを見た。この蛙には到底無理なことだと、眺めていた。しかし、次の日に同じ柳の木の前に来てみると、また蛙が挑戦しているではないか。

そして、遂に蛙は柳の枝につかまることが出来たのである。この様を見つめて東風、日々精進を続けていれば、何事も成し遂げられると悟り更に努力を重ねるのだった。

この話は『小野道風、青柳硯』という歌舞伎にもなっている。歌舞伎では、ガマ蛙が柳の枝に飛びつくという設定になっているが、ガマ蛙は地面をノソノソを這う程度の脚力しか持ち合わせていない。

それでは、あの札に描かれている蛙は何カエルだということになるが、日本に生息する蛙で柳の枝ほどの高さまで飛び上がることが可能なのは、雨蛙だ。

寒さの増してくる11月には、雨蛙は活動をしていない。何故、この月の絵柄に描かれているか考えてみた。冷たい雨の降る11月だからこそ、逆境にもめげず、努力を怠るなということだろうか。そう深読みすると、花札も一味違った面白さも生まれてきた。

 

(講談師 旭堂花鱗)

 

 

国際的行事の『七五三』

11月15日は『七五三』です。子供が3歳・5歳・7歳まで無事に成長したことを感謝し、これからも無事に成長することを、近所の神社で氏神にお願いする行事が七五三です。

江戸時代より少し以前の日本では、乳幼児は髪を剃ることになっていました。そして3歳になると髪を伸ばすことを許されるようになり「髪置き」という儀式が行われるようになったのです。これが3歳を祝う由来。

平安時代の頃から続いている儀式「袴着」は、5歳になった子供が生まれて初めて袴を着用する行事でした。これが5歳を祝う由来ですが、武家社会になってからは男児のみの行事となったため、七五三では男の子のみ5歳を祝うことになっています(地方によって異なります)。

そして7歳になった女児のお祝いとして行われていた「帯解」という、生まれて初めて帯を結ぶ儀式が女の子のみ7歳を祝う由来となっているのです。

医学が発達していなかった昔は、乳幼児の死亡率が非常に高く、3歳・5歳・7歳を節目の年として、ここまで守ってくれてありがとうという感謝の意味を込めて、前述の行事をまとめた七五三が行われるようになったと言われています。

ちなみに11月15日に行われるようになったのは、江戸時代、幼少の頃身体の弱かった五代目将軍徳川綱吉のために行われた「袴着」の儀式が11月15日だったからだという説や、中国の月暦で一番良い日が11月15日だから、という説があります。

海外に住む日本人のためにも七五三は行われており、ニューヨークのマンハッタンでも例年のように国際七五三が行われています。参加費用・着物貸付代・写真代、全て合わせて100ドル(約1万円)以下で、2年前に我が家が参加した時は祈祷後、国連本部にある日本庭園で記念撮影が行われました。七五三をお祝いできる幸せを恵まれない子供達にもおすそ分けしようというコンセプトから、参加費用のうち10ドルはユニセフに寄付されます。

11月15日の七五三には、日本の子供だけでなく世界中の子供達の健康と成長を祈りたいものですね。

(JULIE)

 

セカンドオピニオン

納得が行かないときは、複数の病院で診てもらう(セカンドオピニオン)のは、もう常識!』

先日、薬局の勉強仲間のある薬剤師から、こんなお話を聞きました。

副鼻腔炎の患者さんで、どうしようもないほどの頭痛と発熱があったので、その方はかかりつけの内科へ行かれたそうです。

すると、血液検査の結果、とてつもない炎症反応を現す数値が出ており、緊急手術を勧められたそうです。

その方は、もうビックリで、パニックになり、仲間の薬剤師のところへ電話をしてきました。

聞いたところ、血液検査をしただけで、患部を診てくれたわけでも、処置をしてくれたわけでもないことから、薬剤師は自分の信頼している、耳鼻科専門の病院を紹介しました。

すると、その病院の検査では「どうしてこれで緊急手術が必要なの?」と言われ適切な処置をしていただき、事なきを得たそうです。このようなことが、あまりにも多すぎます。

しなくてもよい手術、やらなくても良い「念のため」の抗ガン剤・・・

やってしまったが最後、人生が変わってしまうことすらあるのに、医療現場では、このようなことが現実に多々あります。

先日、当店へ来られるお客様でも、ある病院の検査で悪性リンパ腫と言われ、別の病院で、PETをやったところ、何もみつからなかった・・・??という方がありました。

結婚前の若い女性ですので、こんな状態で「念のための治療」に入られないよう、願うばかりです。

皆様も、診断の結果がはっきりしないときや自分自身、少しでもわだかまりがあるときは、複数の医療機関で、もう一度検査をされることをお勧め致します。

大切な自分の体です。自分の人生です。自分自身を守るのに遠慮はいりません。納得が行かないとき、複数の病院で診てもらうことは、今では、「普通の事」です。

(薬剤師、薬食同源アドバイザー  高田理恵)

 

郵便集荷車は緊急車両?

日本では郵政民営化法案が国会を通過しましたが、お隣韓国の郵便事情を、おひとつ。

今のところ韓国の郵便事業は民営化されていません。通信事業は国の要という考えがあるのでしょうか?

日本と違い、韓国では郵便集荷車は、緊急車両の指定がされているのです。

つまり、救急車やパトカーと同じで、制限速度など関係ありません。ですから、集荷車には緊急用の回転灯がつけられています。さすがに、一般道では見たことありませんが、高速道路ではよく百キロ以上で突っ走っていく郵便集荷車を見たものです。

 こうして、大急ぎで 運ばれた郵便物は、配達人の手によって各戸に配られるわけですが、小包荷物など、家主が不在だとどうなるのでしょう。

日本同様不在通知がドアに貼られ、ちゃんとお知らせしてくれます。そこに、配達人の携帯番号が書かれてあり、連絡すれば再配達してくれます。日本と同じですね。

でも、連絡が夕方の時刻だったりすると「今日はもう帰るから、明日行きます」とか、はたまた、不在通知に近所のパン屋や、雑貨屋など個人商店の名前が記入されていたり。

よくよく聞くと、配達人の裁量で荷物をよそに預けている場合も。結局、その店を探さないといけないわけで、なんと言ってよいのやら。

極めつけは、集合住宅の場合。住所だけで部屋の号数が書かれていない郵便物をどう配達するか?ずばり、宛名を叫ぶ。つまり、外から「山田太郎さん!」と叫ぶのです。すると、該当する人が窓から何事かと顔をだす。

 嘘みたいですが、本当のお話。実におおらか、ところ変わればで、お国柄といえるでしょうね。

(韓国食文化研究家 カン美加)<過去投稿分の採用>

 

冬への扉を開く木枯らし1号

11月3日文化の日は、晴れの天気のことが多い日(晴れの特異日)としてよく知られていますが、気候が不順な昨今、今年はどうでしょうか? また、11月17日は「寒い晴天の特異日」だそうです。いかにも「冬目前!」といった感じのすることばですね。

さて、毎年11月にもなれば、暖かい日、寒い日を繰り返しながら、だんだんと冬に向かって寒さが増してくる時期です。それを象徴するのが、テレビでよく言われる「木枯らし1号」ではないかと思います。早い年では10月に吹くこともあるそうなので、このコラムが時期外れにならないことを祈ります。

木枯らし1号とは、その秋最初の強い北風と定義されており、発表されるのは東京と大阪の2都市です。木枯らし1号は、低気圧が日本の東の海上に抜け、西から高気圧が張り出してくる、西高東低のいわゆる「冬型の気圧配置」になったときに吹きます。これはおおむね二十四節気の一つ「立冬」の時期と一致するようです。今年は7日が当たっていますが、暦の通り、季節は冬への扉を一つ開く、ということかもしれませんね。

そしてもう一つ暦の話題。「小春(こはる)」というのは旧暦10月(新暦では11月くらい)のことで、そのあいだのおだやかであたたかい晴れたお天気を「小春日和」といいます。(ちなみに旧暦12月以降の暖かい日は「冬日和」

というそうです)とてもなごやかな気分にさせることばですが、三寒四温ともいうように、このあとには低気圧がやってきて寒くなることが多いようです。

ともあれ、地球温暖化が懸念されている近年、いくら寒いのはいやだからと言っても、私はやっぱり冬は冬らしく、(ほどほどに)寒くあってほしいものだと思います。(気象予報士 チャーリー)

 

 

 

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76)花野井美貴子
・東京都在住
・慶応大学文学部卒業、広告代理店を経て、コピーライト佳作入選。現在では、ライターとして書評(東京新聞・北海道新聞やダ・ヴィンチ他に執筆中)
恋愛・ダイエットコラム、ドラマコラム他のお仕事をしております。
(また、メルマガやゴースト、論文などの執筆他多数)

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77)nanaco

・東大阪市在住

・大学生。実戦話力検定3級所有。趣味は映画、読書

 

 

<編集後記>

・月初めに海外取材(アメリカ)に行っていたため、発行が遅れましたことをお詫びします。仕事は1日で終ったのですが、サンティゴに住む次女の所へ寄ってきました。

・「おもしろコラム」blog運営会社が11月末でサービスを終了すると連絡がありましたので、下記に変更しました。小生のblogの種類も多くなったので2つにまとめ、カテゴリィで分類しました。情報を移転中ですが、季節感のあるものなどは、その時期に移転しますのでご了承ください。

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