弁当屋やコンビニ、スーパーなどで一番人気のお弁当をご存じでしょうか?それは「のり弁」。その誕生の背景と、計算し尽くされた人気のヒミツを、食文化の視点から紐解いてみましょう。
1、「のりおかか」から始まった庶民の知恵
のり弁の原型のひとつとされるのが、昭和三十年代頃から家庭で親しまれてきた「のりおかか」です。一説によると、のりおかか弁当は、江戸時代からあったと言う人もいます。当時はまだ学校給食が全国に普及しておらず、多くの子どもたちが家庭から弁当を持参していました。そんな時代の家庭で、ご飯の上に醤油を絡めたおかか(削り節)を敷き、その上に海苔をのせるという食べ方が広く親しまれていました。
白米に海苔をのせるだけでは、海苔がご飯の湿気で丸まったり、食べるときにはがれたりしやすい。ところがおかかを間に挟むことで、海苔がご飯に適度に密着します。さらに、醤油の香ばしさと鰹節の旨味がご飯に染み込み、シンプルながらも満足感のある一品になるわけです。
そこには、特別な食材を使わずとも、おいしい弁当を作ろうとする「庶民の知恵」が詰まっていたのです。
2、持ち帰り弁当の登場「白身魚フライ×ちくわ天」の定番化
そして昭和五十年代、持ち帰り弁当チェーンの登場によって、「のり弁」は家庭の弁当から、誰もが手軽に買える商品へと進化していきます。
その代表格が、1976(昭和51)年に誕生した持ち帰り弁当チェーン「ほっかほっか亭」です。当時、弁当の商品開発では、魚を使った和風弁当なども検討されていました。
しかし、店舗で魚を一枚ずつ焼き上げるのは時間も手間もかかります。注文を受けてから素早く商品を提供する持ち帰り弁当店にとって、これは大きな課題でした。そこで登場したのが、白身魚のフライです。フライなら揚げておいたものを効率よく提供できるうえ、比較的安価な白身魚を使えば、手頃な価格を維持できます。しかも、揚げ物ならボリューム感も出せる。
さらに、もう一品として加えられたのが「ちくわ天」です。安価でボリュームを出しやすいちくわを揚げることで、見た目にも満足感のある弁当に仕上がります。こうして、「白米+おかか+海苔+白身魚フライ+ちくわ天+きんぴらごぼう」という、現在の「のり弁」を代表する組み合わせが定番化していったのです。
3、一口ごとに仕掛けられた「四つのヒミツ」
のり弁が世代や時代を超えて愛され続ける理由は、単に「昔からあるから」ではありません。
あの小さな長方形の容器の中には、価格、味、香り、食感、ボリューム感をバランスよく成立させる、さまざまな工夫が詰め込まれているのです。
①.圧倒的なコストパフォーマンス
肉系弁当や洋風弁当と比べても、のり弁は比較的安価な価格帯に設定されることが多い。
海苔、鰹節、ちくわ、白身魚、きんぴらなど、比較的コストを抑えやすい食材を組み合わせながら、揚げ物によるボリューム感も確保する。
つまり、安いだけではなく、「安くても満足できる」ように設計されているわけです。
②.食感の立体的なグラデーション
フライの「サクサク」、ちくわ天の「ふわっ、もちっ」、きんぴらやたくあんの「ポリポリ」、そして出汁やおかかの旨味が染みたご飯の「ふっくら感」。
ひとつの弁当の中に、さまざまな食感が存在しているのです。
③.旨味の相乗効果
ご飯に添えられた鰹節にはイノシン酸が、海苔にはグルタミン酸などの旨味成分が含まれています。異なる旨味成分が組み合わさることで、旨味をより強く感じやすくなる「旨味の相乗効果」が生まれます。
しかも、海苔とおかかと醤油という組み合わせは、日本人が昔から慣れ親しんできた味。冷めてもおいしく感じられるのは、こうした組み合わせの妙も大きいでしょう。
④、高級化する「現代ののり弁」
平成から令和へと時代が移り変わる中で、のり弁はさらなる進化を遂げています。
から揚げやハンバーグなどを加えたガッツリ系の「特のり弁当」はもちろんのこと、近年では一千円を超える高級海苔弁専門店も登場し、話題を集めています。
一番摘みの高級海苔、有明産の海苔、さらに新潟県産コシヒカリや手作りの鮭の塩焼きなど、こだわり抜いた食材をふんだんに使う。
かつての「安価な日常食」だったのり弁が、「ちょっとぜいたくなご褒美食」へと進化しているわけです。
考えてみれば、これは実に面白い現象です。
安くて腹いっぱいになる庶民の弁当だったものが、今度は高級食材を使った「高級のり弁」として人気を集める。つまり、のり弁は安くても高くても成立する、懐の深い食べ物なのです。
庶民の知恵から生まれ、持ち帰り弁当文化の発展とともに定番となった「のり弁」。
味、香り、食感、価格、ボリューム。これらすべてを、小さな弁当箱の中に見事に詰め込んでいる。それが、のり弁を弁当界の王者にしているのでしょう。
(巨椋修(おぐらおさむ):食文化研究家)22026-10




