案山子は、日本の原風景の一つである。
秋の田んぼ。重く垂れた稲穂の向こうに、破れ笠をかぶり、畑仕事のままの古着をまとった案山子がすくっと立っている。
風が時々、袖をめくり、棒切れの腕をかすかに揺らす。昨日も、おとといも、同じ場所に立つ、一見、孤独な立ち姿。
案山子の語源には諸説あるが、通説されるのは「嗅がし」である。獣肉や魚の頭、髪の毛などを焼き焦がし、その恐ろしさで鳥獣を追い払った風習に由来するという。
それにしても、漢字の「案山子」はただの当て字なのか、どれも的を得ていない不思議な漢字だ。
これは中国の僧侶が用いたものだそうで、「案山」は山の中でも平らなところを意味し、「子」は人や人形のことで、これが後々日本に入ってきたようだ。
名句にも事欠かない。 与謝蕪村は「秋風うごかして行案山子哉」と詠んだ。 案山子は動かないはずなのに、風は確かに彼を動かしてゆく。 その滑稽と寂しさ。田んぼに、寂しい脛だけを高く突き出して立っている案山子の姿を、愛おしい諧謔で捉えた。
内藤吐天の「あたたかな案山子を抱いて捨てにゆく」には、劇じみた感情さえ、人形の側にある。
今、案山子は田んぼから姿を減らした。光るテープや音響装置に取って代わられ、人々は人形のはかなさを忘れかけている。
季節は春(2月から5月5日まで)だが、西伊豆松崎町の「たんぼを使った花畑」は一度見る価値がある。花畑の中に散在する実物そっくりの案山子の群像が見事である。(//kenken.vc/archives/692)
(ジャーナリスト 井上勝彦)2026-10




