(絵:吉田たつちか)
歳とともに体の一部が次々に欠けていく。
髪の毛は細くなり、少なくなって久しい。床屋で散髪の最後に鏡合わせをしてくれるが、最近はこれを断っている。頭のてっぺんの空き地がどんどん広くなってくるのを確認すると滅入ってしまうからだ。最近、坊主頭にする知人友人が増えている。夏は特に涼しいし、髪の毛の薄くなるのを気にしなくなっていいという。小生も勧められるがやんわりとお断りしている。横から見れば、白髪こそ増えているものの髪の毛はかろうじて残っているのでもったいない気がしているから急ぐ必要はない。
ハメマラというが、加齢とともに失われていくのが歯だ。数年前、永年通っていた歯医者を変えた。一番の原因はいつも混んでいて待ち時間が長いことだった。そして、頻繁にレントゲンを使うのも敬遠した要因だ。
知人の紹介で新しい歯医者に通うことになったが、ここで、ついに、総入れ歯に近い入れ歯になった。これまでも部分入れ歯ではあったが、いざ総入れ歯になってみると、以外と違和感がある。
まず、なかなかフィットしなくてなじめない。大きく口を開けて話すと入れ歯が浮いて言葉をうまく発せなくなる。下を向いて食事をすると、外れそうになる。
一番気になるのは、歯茎に当たる部分が時々痛いことだ。歯医者は「靴擦れのようなもので、入れ歯がなじむには少々時間がかかります、微調整をしますので、お気軽に申し出ください」と、丁寧な話し方をする先生の例えに、なんとなく納得してしまう。
総入れ歯にしてから、小生の好きな煎餅が食べられるようになったのがいい。好きな煎餅は歌舞伎揚げだが、これも通常サイズのものではなく小サイズの小袋のものが食べやすい。
入れ歯になって、味覚にも違和感が生じている。かくて、娘や親友には、「入れ歯になったので、おごってくれるなら、うなぎか高級鮨しか食べられなくなったので、よろしく」とうそぶいている。
自払いで食するときは蕎麦が多くなった。なぜか蕎麦は噛まずに食するのが通の食べ方となっているし、日本酒との相性がいいからだ。
サメの歯は永久歯になっても生え変わるという。サメの歯を参考にしてスタッフ細胞などが進化し、老人の歯が自然に生え変わる時代がくる未来を期待したい。食事が美味しく食べられなくなって長生きしてもつまらないから。
(ジャーナリスト 井上勝彦)2023-08