北風の夜、家の戸口を鳴らす音に耳を澄ますと、それはまるで遠くの笛のように聞こえる。冬の季語「虎落笛」は、風が竹垣や柵を鳴らす音を指す。古くは「もがり垣」から転じたとも言われ、死者を弔う柵の名残を持つ。その語感の奥には、冷たい風だけでなく、どこか人の世の哀しみが宿っている。
夜半、人気のない道を歩くと、電線が唸り、竹が軋む。そんな音に混じって「ヒュウ…」と細く長い音がする。子どものころ、あれは狐が笛を吹いているのだと教えられ、妙に怖くもあり、どこか幻想的でもあった。自然の音が、想像を誘う。寒風が吹く季節、人は耳を研ぎ澄まし、見えないものの気配に敏感になる。
「虎落笛」という言葉には、風景の描写以上の響きがある。柵を鳴らす風音は、冬の荒涼とした世界の中に人の心を映し出す。たとえば、旅の途中で聞けば、郷愁を誘う。独りの夜に聞けば、胸の奥の孤独を震わせる。風はただ吹くだけなのに、聞く者の心によって旋律を変えるのだ。
現代の街では、竹垣も少なくなり、「虎落笛」という語も耳にしなくなった。しかし、冬の夜に吹き抜けるビルの隙間風や、高架の下で唸る風音にも、どこか同じ響きがある。文明が進んでも、風は人の感情に寄り添い、詩句を生む。
・旅の宿夢をさまよふ虎落笛
・老犬の耳ひとつ動く虎落笛
・書きかけの恋文ゆらす虎落笛
・虎落笛破れ障子の影ゆらり
(ジャーナリスト 井上勝彦)2025-12




