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意外に大事な相性

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(絵:吉田たつちか)

かつて、豊臣秀吉の名参謀であった「如水」こと黒田官兵衛は、よく、「人間には相性というものがある」と言っていたとか。事実、関ヶ原合戦後、黒田家が新たに領国とした筑前国の家臣配置図を見ると、見事なまでにこの複雑なパズルが上手く組み合わされているのがわかる。おそらく、「国境沿いの要地にはこいつを置きたいが、そうなると、隣の何某とは合わんようだから、その間に誰か両者と関係が悪くない者を置かねばならぬ」と言ったことを散々、考えた結果ではなかったか。
 こう言うと、「どこの大名でもそのくらいのことはやってるでしょ・・・」と言われるかもしれないが、現実には、適材適所・・・で決めればまだ良い方で、好き嫌い、親族の推薦、家臣のプライドなどで決められることが多く・・・。「あの二人はそりが合いませんよ」などと言うと、「何で俺が部下同士の相性の問題など考慮してやらねばならん!それとこれとは別次元の話だ!」という風になりがち。だが、それでも、世の中には厳然として「なぜか合わないやつ」というのがいるもので。結局、人間、同じ相手から同じことを言われても、気になる人と気にならない人がいる・・・ということなのだろうが、この点はディズレーリ(元英首相)のような万人と上手くやれる人でも、「あいつだけは嫌い」という人がいたというからやっぱりそうなのだろう。(逆に万人と上手くやれない私でも、どういうわけか一献誘ってくれる奇特な人がおり。)
 で、私自身、それを感じることが多いのが銀行の担当者との関係。みんな、能力の点でも話の内容でも大差ないのに、なぜか、合う合わないが出てくる。これつまり、波長の問題なのだろう。キャッチボールに例えるなら、ピュンと投げたら相手からもピュンと返ってくる。こういうのは互いにリズムを醸成しやすい。ところが、返ってくるのに妙に間がある人だとそうはいかない。その結果が、同じ頼み事をしても、苦笑するか蔑視するかの違いになって現れてくる。ただ、友達同士の不仲なら、まだ笑い話で済むが、国家や企業などの指導者間の不仲となると、そうもいかなくなる。
 第一次世界大戦でドイツ軍が3倍のロシア軍を撃破した戦いにタンネンベルヒ会戦があるが、このとき、敗れた側のロシア軍司令官二人が昔からの不仲で、10年前の日露戦争のときには、「敗走中の鉄道の駅で殴りあいをした」などと言われるほど。実際には噂だけでそういう事実は無かったようだし、また、不仲だけが敗因だったわけでもないのだろうが、それでも、連携に齟齬が出た可能性は否定できず、こうなると、死んだ兵士の遺族らにとっては笑えない現実だったのではないか。
(小説家 池田平太郎)<池田平太郎の新著「女王陛下の十手持ち」amazonにて絶賛販売中!>

 

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