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世界史における食料生産政策の失敗例と成功例

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(絵:吉田たつちか)

●歴史を動かしてきた食糧
 「歴史を動かしたものは何か」と聞かれたら、多くの人は戦争や英雄、宗教を思い浮かべるでしょう。しかし、世界史をじっくり眺めてみると、もっと根本的なものがあります。それは「食べ物」です。
 人は食べなければ生きていけません。どれほど強大な軍隊を持つ国でも、どれほど優れた王や皇帝がいても、国民を養えなければ国家は衰退します。逆に、安定して食料を生産できる国は人口を増やし、経済を発展させ、やがて世界を動かす力を持つようになります。つまり、食料生産の歴史は、そのまま文明の歴史でもあるのです。
●食料政策の失敗例
 世界史には、食料生産政策で大成功した国もあれば、悲惨な失敗を経験した国もあります。失敗例として真っ先に挙げられるのが、中国の「大躍進政策」でしょう。
 1958年、毛沢東は農民の土地をすべて人民公社にまとめ、私有地を廃止しました。農業は国家が管理し、生産目標も政府が決めるという共産主義的な政策でした。
 しかし現実は、生産量の水増し報告が横行。実際には不作でも、政府は報告を信じて大量の穀物を徴発。その結果、農村には食べるものが残らず、数千万人規模の餓死者を出したといわれる大飢饉が発生しました。
 ソ連でスターリンが進めた農業集団化も似たような結果に。
農民から土地を取り上げ、集団農場へ強制的に組み込んだ結果、生産意欲は急速に低下します。働いても自分の利益にならないのですから当然です。この政策で、数百~1千万人もの餓死者が出たといいます。
 カンボジアのポルポト政権も全国民を農民化しようとして、農業を知らない人まで農業を強制し、飢餓と虐殺で国民の4分の1が死亡したといいます。これらすべて社会主義国。
●食料政策の成功例
 18世紀のイギリスでは「農業革命」が起こりました。囲い込みによって農地を集約し、輪作や家畜改良、新しい農具を積極的に導入します。その結果、一人の農民が以前よりはるかに多くの食料を生産できるようになったのです。余った労働力は都市へ向かい、工場で働き始めます。これが産業革命を支える大きな原動力となりました。つまり、蒸気機関が世界を変えたのではなく、その前に農業が世界を変えていたのです。
 日本にも成功例があります。江戸時代に全国で新田開発が進められ、用水路が整備され、干拓事業も盛んに行われました。さらに農書が広まり、品種改良や栽培技術も改良されていきます。この地道な積み重ねによって耕地面積は大きく増え、江戸時代の長い平和と人口の安定を支えました。
 戦後の農地改革も、生産意欲を高めた成功例として知られています。地主から土地を買い上げ、小作人へ分配したことで、多くの農民が「自分の土地」を持つようになりました。
 土地は「借り物」よりも「自分のもの」のほうが手入れをします。所有権が生産性を高めるという、人間の心理をうまく利用した政策だったのです。
 さらに1960年代のインドでは、「緑の革命」が起こります。高収量品種の開発、化学肥料、灌漑設備の整備など、科学技術を積極的に取り入れた結果、慢性的な食料不足だった国は穀物自給を大きく改善しました。
●成功と失敗の共通点
 こうして歴史を見比べると、成功する政策には共通点があります。生産者に利益があること。技術革新を取り入れること。そして、現場の声を無視しないことです。
 逆に失敗する政策は、生産者を命令だけで動かそうとし、数字や理想ばかりを追い求める傾向があります。
 しかし、食料生産の変化は農業だけに影響したわけではありません。実は、私たちの食文化そのものを変えてきました。
中世ヨーロッパでは、庶民は黒パンやお粥が中心で、肉はめったに口にできないごちそうでした。しかし農業革命によって収穫量が増えると、野菜や肉、乳製品も少しずつ一般家庭へ広がっていきます。
 さらに15~16世紀の大航海時代になると、新大陸からジャガイモ、トマト、トウモロコシ、カボチャ、唐辛子などが世界中へ運ばれました。これらはヨーロッパやアジアには存在しなかった食材です。日本でも、サツマイモやトウモロコシは飢饉から人々を救い、唐辛子は薬味として広まりました。
 そして明治時代になると肉食が普及し、戦後はパンや牛乳、乳製品、植物油などが家庭の食卓に並ぶようになります。
つまり、世界史とは「何を食べてきたか」の歴史でもあるのです。
  (巨椋修(おぐらおさむ):食文化研究家)22026-09

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