「薫風のみぎり-」、「風薫る清清しい季節となり-」と5月の時候の挨拶には、新緑のこの季節に吹く爽やかな風の事を「風が薫る」と表現する慣用句が使われます。しかし本当にこの時季の風に香りがあるのをご存知でしたか?
樹木は太陽の光エネルギーを利用して光合成を行い、炭酸ガスと水を取り込んで酸素を放出します。更に夏が近付くと「フィトンチッド」と呼ばれる芳香性のある物質を盛んに作りだし発散するのですが、実はこの物質こそが「薫風」と表される香りの正体なのです。
「フィトンチッド」には、その物質を発散する樹木自身を護る様々な働きがあります。自分の領域を守るため他の植物の成長を阻害する作用、昆虫や動物に葉や幹を食べられないための摂食阻害作用、病害菌に感染しないように殺虫・殺菌をする作用、など実に多才です。
「フィトンチッド」の主成分は「テルペン」と呼ばれる揮発性の天然有機化合物で、一般に良く知られている「森林浴」とはこの拡散している状態のテルペン類を人間が浴びる事を呼ぶのです。
「森林浴」にはストレスを和らげて心身共にリフレッシュさせる効果がある事はよく知られていますが、実はこの効果こそが「フィトンチッド」によるものなのです。爽快感を求めてハイキングに出掛け、緑溢れる森林の中に入って行くと清清しい森の香りに気がつきます。この森の香りこそが「フィトンチッド」の芳香なのです。
自然界では外敵に対して攻撃的な働きをもつ「フィトンチッド」も、人体に対しては有益であることが古くから経験的に知られていて、その抗菌作用からまな板や飯台にヒノキを用いたり、クスノキから防虫・防臭効果のある樟脳を精製したり、ヒバを住宅建材に用いればシロアリ・ダニ等に対し防虫効果が高いとされてきました。ヒノキ風呂に入ると気分が安らぐのもやはり「フィトンチッド」の効果によるものです。
土に根ざして生きる樹木が自らを護るために作り出す「フィトンチッド」、優しい天然の成分が私たちをも癒し護ってくれるのです。
(文:コラムニスト 現庵/絵:吉田たつちか)2011-05