マナー、エチケット、礼儀作法、人間世界ではどの地域、民族でもこんなものがついて回ります。マナーや礼儀作法にはいろいろとありますが、食事のマナーはその中でも重要なもの。挨拶の仕方などは猿や犬などにもやり方があるかもしれませんが(まあ、動物のそれをマナーというかどうかは置いといて)、食べ物の食べ方を気にするのは人間だけでありましょう。
ではなぜ食べ物のマナーがあるのでしょうか?
人間は、本能的な行動を“恥ずかしい”と思う生き物なのです。例えばSEXは人から隠れて行います。これ、他の獣から身を守るためというより恥ずかしいからでしょ。排泄をするときも個室に入ってするのは、人に見られたくないからでしょ。
同じように、ものを食べるのも人が生きていくために絶対的に必要な本能。
何も考えずにもしゃもしゃとむしゃぶりついていたのでは、恥ずかしいと思ってしまう生き物なのです。そして人間は、何も考えずにもしゃもしゃとむしゃぶりついている人を“下品”“無教養”“野蛮”と思うのです。マナーを心得ていない人は、恥ずかしい人と思われてしまうのです。
●マナーは思いやり
あなたがマナー違反ばかりする人と一緒に食事したとしましょう。おそらくあなたはとても不愉快な思いをするでしょう。なぜ不愉快に思うのでしょうか?
それはマナーというのが“思いやり”で出来ているからです。思いやりとは、優しさであり、相手や周囲に心を配り、不愉快な思いをさせずお互いに機嫌よくなるための技でもあります。
食事のマナーというと、中には堅苦しいとか、気取っているイメージを持っている人もいるかも知れませんが、一番の基本はお互いに不愉快にならず、美味しく料理を楽しむための技術の一つなのです。
●文化や民族によって違うマナー
マナーの基本は思いやりですが、そのやり方は文化や地域・民族によって変わってきます。日本では麺類やお茶を音を出してすすってもマナー違反とはなりませんが、欧米ではマナー違反。また、欧米でゲップはオナラ以上にマナー違反。中国ではゲップは「美味しいものをたくさん食べました」という意味もありOKと、文化や国によっていろいろと違っています。海外に行くときは、気をつけたいですね。
●やってしまったらとても恥ずかしいマナー違反って?
マナーは世界各国にあり、文化等で違ってきますが、わたしたちがやりがちで、やってしまったらとても恥ずかしいマナー違反があります。これはあまりマナーの入門書にも書いていないので、ここで書いておきましょう。
それは自分が知っていて相手が知らないマナーがあり、相手が知らずにマナー違反をしてしまった場合に、クスクスと笑うとか「あの人はマナーを知らない人ね」とバカにすることです。
19世紀のイギリスのヴィクトリア女王が、ある日貴族たちと食事をしていたときのことです。アフリカから招かれていたある王様もいました。アフリカの王様ですから、イギリスのマナーに精通しているわけではありません。王様は、テーブルに置かれたフィンガーボウル(指を洗うための水の入った器)を飲み水だと思って飲んでしまったのです。
マナーを知らない人であれば、その行為を嘲笑したり陰口をいうかも知れませんが、そこはさすがヴィクトリア女王。アフリカの王様に恥をかかせないために、自らもフィンガーボールの水を飲んだのです。
もし女王がそうしなかったら、口の悪いイギリス貴族が皮肉ったりバカにしたりしたかも知れません。しかし女王が同じことをすれば、そんなことをいうこともできません。
もし、誰かがバカにしていれば、国家間も気まずくなるかも知れなかったのを、女王の咄嗟の行為でそれも防ぐことができたのです。
●マナーは食事を美味しく楽しい空気を作るもの
もうひとつありがちマナーナー違反を取り上げましょう。それは、お子様にマナーを教えるときに、お母さんやお父さんが、厳しく「そうじゃないでしょ!」と怒鳴ったり、あろうことか、お箸で子どもの手を叩いたりする人がいると聞きます。
これは二つの意味で大間違い。まず、マナーは料理を美味しく楽しくいただくためにあるのですから、躾のためとはいえ、食事中に怒鳴ったり叩いたりするのは、最低レベルのマナー違反。
また、お箸は食べ物をいただくための大切な道具です。そのお箸を使って子どもを叩くというのは、お茶碗やお皿を相手に投げつけるのと同じこと。やはり最低のマナー違反です。
食事は美味しく楽しくいただくのが一番。マナー違反に目くじらを立てるよりも、もっともっと大切なこともあるのです。
(文:食文化研究家 巨椋修(おぐらおさむ))2014-11