●インドからイギリスを経由して伝わったカレー
カレーとラーメン。この二つの料理は、今や日本人の食生活に欠かせない「国民食」です。もともとは海外から伝来した外来の料理でありながら、なぜこれほどまでに日本人の心を掴み、独自の進化を遂げるに至ったのでしょうか。その歴史的背景と、日本流の進化の象徴である「カレーの粘り」の秘密について紐解いていきましょう。
カレーはインド発祥ですが、日本にはインドから直接ではなく、明治時代初期にイギリスを経由して伝わりました。当時のイギリス海軍で食べられていたカレーが、日本海軍に採用されたことが普及の大きなきっかけです。
インドのカレーはスパイスと野菜の水分で作るサラサラしたものが主流ですが、日本のカレーには独特の「とろみ(粘り)」があります。これには明確な理由が二つあります。まず、インド生まれのカレーはイギリスに渡り、イギリス海軍に採用されました。当時の海軍では、揺れる船の上でカレーがこぼれないよう、小麦粉をバターで炒めてとろみをつけていたのです。
日本で明治維新が起こり、帝国海軍が誕生します。日本陸軍がドイツ陸軍をお手本にしたのに対し、日本海軍はイギリス海軍を手本としました。このとき、食事文化もイギリス海軍から学び、その中にカレーが含まれていたのです。
●とろみが強い日本式カレーと三種の野菜
先述の通り、イギリス式のカレーは艦上で食べるためにとろみがありましたが、日本のカレーはそのイギリス式よりもさらにとろみが強いのが特徴です。なぜでしょうか。
日本では「ご飯にかける」ことが大前提だったため、米にどろりと絡みつくよう、イギリスのものよりもさらに粘り気を強くする独自の進化を遂げたのです。
さらに日本式のカレーは、明治政府による西洋野菜普及政策により、ニンジン、タマネギ、ジャガイモといった日持ちのする西洋野菜を日本海軍が具材として採用したことで、定番のスタイルが確立されました。こうしてカレーは海軍から庶民に伝わり、やがて日本を代表する国民食となったのです。
●ラーメンの進化と「和食」への昇華
ラーメンのルーツは中国ですが、現在の日本のラーメンは中国の中国の中華麺とは、全く別の料理に進化しました。明治時代に横浜や神戸の中華街から広がった麺料理は、当初は主に中国から来た労働者が食べるものだったそうです。
転機となったのは、出汁(だし)や醤油文化との融合です。日本人は蕎麦やうどんの文化を通じて、昆布、鰹節、煮干しといった「旨味」を抽出する天才でした。この和風の出汁を中華麺のスープに応用したことで、ラーメンは日本独自の深みを持つ料理へと変貌を遂げたのです。また、麺に「かんすい(アルカリ性の水溶液)」を配合することで、独特の黄色みと香りが生まれました。
このように、中国の麺料理が日本を代表する和食に昇華するにいたったのです。
●カレーとラーメンはなぜ「国民食」になれたのか?
カレーとラーメンが単なる外来料理を超えて国民食になったのでしょうか? それには3つの要素がありました。
1つ目は、戦後の食糧事情と高度経済成長です。戦後の食糧難の時代、安価でボリュームがあるカレーとラーメンは庶民の強い味方でした。特に1950年代に登場した「即席カレールー」や「インスタントラーメン」の発明は、家庭への普及を爆発的に加速させ、高度経済成長を支える活力源となりました。
2つ目は学校給食です。子どもたちは給食でカレーやラーメンに出会います。子供の頃に刷り込まれた「大好きだった味」は、大人になっても変わることはありません。世代を超えて愛される土壌が、公教育の場でも作られていたのです。
3つ目は、日本人の凄まじい「日本化」能力です。日本人は、海外の文化をそのまま受け入れるのではなく、自分たちの好みに合わせて作り変えるのが得意です。カレーなら福神漬けを添えたり、出汁を加えて「カレーうどん」にする。ラーメンなら醤油、味噌、塩、豚骨と、地域ごとに多様な進化を遂げさせてきました。
カレーとラーメンが国民食となった理由は、単に美味しいからだけではありません。それは、海外にあった料理を、日本の「米文化」「出汁文化」という土壌に植え替え、日本人の好みに合うように何十年もかけて改良し続けてきた「適応と創造の日本食文化」の結晶なのです。
(巨椋修(おぐらおさむ):食文化研究家)2026-04
なぜカレーとラーメンは日本の国民食となったのか?
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