四季の移ろいを愛でる慣わしは、千年以上の昔より伝わっております。桜が咲いたら花見、中秋の名月を楽しむことを月見と称します。しかし、晩秋の声を聞かせてくれる紅葉だけは、「見る」ではなく、「狩る」と申します。
これには訳がございまして、平安の頃、妖術を使ったという噂により、京の都を追われた女が、現在の長野県、戸隠に蟄居しておりました。名は、紅葉。元々は、会津出身で、才色兼備。京都に上ってきた折、源経基の目に留り、腰元として迎えられることになりました。美しく、機知に富み、琴の名手でもあった紅葉は、経基の寵愛を一身に受け、局の官位まで賜ります。しかし、先に述べました妖術の噂により、都を追放。戸隠は鬼無村の人には、大事にしてもらいましたが、目を閉じ浮かぶは、華やかな都のことばかり。
紅葉は都に帰りたいという一心で、路銀を得ようとしました。その方法は、山賊を手下に、近隣の村を襲い、金品を奪う。度重なる強奪事件は都にも聞こえ、討伐隊を送り込む運びに。この頃、紅葉は本当の妖術を身に付け、都から自分を追った人々への憎しみを募らせていました。そこに、討伐隊が到着。「鬼女紅葉を狩るよう。」討伐隊隊長、平維茂が命令を下す。鬼と呼ばれた紅葉は、妖術を使い、抗戦。一時、討伐隊危うしと思われましたが、維茂が夢枕で謎の老人より授かった降魔の剣により、紅葉は遂に三十三年の命を散らしました。
この「女鬼紅葉伝説」が元となり、能や歌舞伎の台本が書かれ、上演を重ねていく内に、紅葉を見ることを、「紅葉狩り」と呼ぶようになったのです。
普段、何気なく口にしている言葉の背景に、悲しく哀れな物語があったことを覚えていてください。一説には、カエデが赤く色付くのは、紅葉の血潮がかかった為とも言われています。今年はただ、行楽をするだけでなく、鬼と呼ばれた女を偲んでみてはいかがでしょうか。紅葉の無念も、少しは晴れるでしょう。
(文:コラムニスト 朝比奈うろこ/絵:吉田たつちか)