(文:食文化研究家:巨椋修(おぐらおさむ)/絵:そねたあゆみ)2017-2
●江戸時代の居酒屋にテーブルやイスはなかった
テレビや映画の時代劇を観ているとよく「めし屋」や「居酒屋」が出てきますよね。そのシーンを思い出してください。おそらく皆さんの脳裏に浮かんだのは、テーブルがあって、酒樽やなんかをイス代わりにしているようなシーンではないでしょうか?
ところが、江戸時代にテーブルやイスで食事をさせるようなお店はありませんでした。基本はお座敷です。あるいはお店の表や土間に床几台や縁台と言われる、腰掛けはありました。床几台や縁台は、時代劇だと茶店の表に出ている長方形の腰掛けです。
もし時代劇の食事シーンでちゃぶ台が出てきたら、長崎が舞台でない限り間違い。江戸時代は一人用のお膳で食事をしていたのです。
ちゃぶ台が普及しだすのは、明治以降、昭和の時代になってからだと言われています。ちなみにちゃぶ台は、長崎にいた唐人(中国人)が長崎の人々に伝えた長崎風中国料理である、卓袱(しっぽく)料理用のテーブルだったのです。
ちなみに幕末近くになると、卓袱料理は江戸で流行り出しますが、ちゃぶ台という一つのテーブルを囲んで食事をすることも、初体験であった江戸っ子たちは、その文化も大変喜んだといいます。
●きつねうどんを食べるシーンが出てきたら間違い
2007年のテレビ時代劇で、松方弘樹さん演じる『素浪人 月影兵庫』の設定は、きつねうどんが大好物というものでしたが、残念ながらこの時代は、まだきつねうどんは誕生していないんです。きつねうどんは、幕末末期かあるいは明治時代になってから、大阪で生まれたものなんですね。鍋を囲むシーンが出てきたら、これは以前にこのコラムにも書いたかと思いますが、実は江戸時代にも鍋を食べていたのですが、実はその鍋、1人用鍋なんです。家族一緒食事するときも、みんなそれぞれに1人用鍋を使って食べていたんですね。
日本独特の食文化として、1人1人がみんなそれぞれ、自分の用の食器、つまり「ぼくのお箸」「お母さんのお茶碗」「おじいちゃんの湯飲み」という具合に、自分用食器を持っているわけで、世界でも珍しい文化なんです。これはケガレの思想であるらしく、人の口を付けた食器を使うと、ケガレるという考えた。この考え方が鍋をみんなで囲むことに抵抗感を持たせていたという説があります。テレビや映画、小説をみると史実とちがうことは当たり前のようにあります。それをいちいち指摘するのもどうかと思いますがしかしそういったことを知っておくのも知的楽しみの一つでありましょう。
私たちは、いま何も考えずに食事をしていますが、それがいまから100年後となれば、とんでもない食事をしているとかいう表現をされているかも知れませんよ。
(食文化研究家 巨椋修(おぐらおさむ)/絵:そねたあゆみ)