(絵:そねたあゆみ)
我々のご先祖様は何を食べていたのか?
およそ人類ほど多様な食べ物を食べる動物は他にいないでしょう。いくらアフリカやインドのゾウがたくさん食べるからと言って、人類が、そうあなた一人が食べるもののコストを比べると、ゾウの食べ物など安いもの。
野生のゾウが食べるのは、自然に生えている草ですが、あなたが食べているものは、ビニールハウスで作られた野菜。ビニールは石油製品ですし、もしかしたら冬なら暖房、夏なら送風といった電気が使われていたりします。
食卓に並ぶサーモンは、遥か遠方北の果てともいえるノルウェーか、はたまた真逆の南米チリ産か。いやいやもしかしたら北米カナダ産かも知れない。
そんな遠くで捕れた魚を、高いディーゼルオイルで動く巨大船で日本まで運んできたものを、あなたは食べているのです。
国内産の野菜や肉にしても、農家や畜産家のみなさんが、大量の肥料や飼料を与えて、大変は労働力で育てたものを食べている。
人類は、地球の生き物の中で、もっともコストが高い食べ物を食べて生きているといっていいでしょう。そんな我々人類のご先祖、つまり原始時代を生きた人類は何を食べて生きてきたのでしょう?
●ご先祖は何でも食べることができたから生き残った
はるか昔、まだ我々のご先祖がサルに近く豊かな森林から草原に出てきたとき、ご先祖は飢えと戦わねばなりませんでした。なんといっても、森林と違い、草原にはこれまで食べていた木の実はそれほどありません。そこでご先祖は目に見える木の実ではなく、地中に埋まっている根菜類を探して食べるようになります。イモ類や地下茎と言われるダイコンやニンジンの原種を食べていたことでしょう。
人類に近いチンパンジーは集団で狩りをして肉を好んで食べるのですが、足も腕力も牙もなく、動きの遅いご先祖は、小動物や虫などは食べていたでしょうが、大きな獲物は捕れません。もっぱら、他の肉食獣た倒した獲物の食べ残しをあさっていたようです。その食べ残しを食べるにも、肉を切り裂く牙がないご先祖は、砕いた石をナイフとして使い、食べるようになりました。骨の中にある骨髄も貴重な食糧。石器を使って骨を砕き、骨髄をすすっていたようです。
また人類は火を利用するようになりました。これは、腐りかけの食べ物を安全に食べることができるうえ、固い食べ物を柔らかくして食べることで、動植物の栄養をより多く摂ることを可能にしました。道具を使って食べ物を食べる。火を利用して食べる。食文化の第一歩です。
●肉食が人類の頭脳を飛躍的に発達させた
肉を効率的に食べることができるようになったご先祖は、その頭脳を飛躍的に発達させるようになります。肉は脳を作るのに必須な栄養素が含まれています。
また、道具を使うことができるようになったご先祖は、大きな獲物を狩ることができるようになります。その狩り方は集団で獲物を延々と追いかけるというもの。獲物を何日も追いかけ、獲物が疲れ果てて動けなくなるほど、追いかけて仕留める方法。そんな長距離を走るのですから、元々のすみかから遠く離れてしまうことになります。そのとき必要なのは帰るときに迷わずに戻れること。狩りをすることで、人類はいまに繋がる記憶力を身につけたのではないかと言われています。
また脳が消費するのはブドウ糖。おそらくご先祖様はブドウ糖を多く含む根菜類や果実も好んで食べていたことでしょう。私たちが、特に子どもの頃に甘いものが大好きなのは、それが身体に必要だからです。しかし生き残るは至難の業。いかに人類が頭が良くても、天災にはかないません。いまでこそ人類は75億人もいて、かつてないほどこの地球に溢れんばかりですが、過去に二度全地球人口が1万人以下になるほどの絶滅の危機を経験しています。それは私たちが、現在生き残っている現生人類ホモサピエンスに進化して間もない19万年前。地球が氷期(氷河期)に入るのです。
当時、ご先祖にしてまだ生まれて間もないホモサピエンスは、まだアフリカに住んでいました。氷期は豊かで緑の大地であったアフリカ大陸を、砂漠化していきました。アフリカ大陸で生き残ったご先祖ホモサピエンスは、南アフリカの海岸のみ。世界人口は1万人以下。絶滅寸前です。そのときご先祖を助けたのは【いじきたなさ】……、いいえ、他の生き物以上に多様な食べ物を食べることができたということです。南アフリカの遺跡には、これまでにない貝類を食べた跡があるといいます。
次の絶滅危機は、約7万年前にインドネシア、スマトラ島にあるトバ火山が大噴火を起こして気候の寒冷化を引き起こしたときに人類は数千人にまで減少したといいます。そのときもご先祖が生き残れたのは、火の利用と【なんでも食べてやろう】という知的好奇心であったに違いありません。実はその時代、ご先祖ホモサピエンスとは別系統の人類、ネアンデルタール人は、ホモサピエンスと同等の知力があり道具も火も利用していて、なおかつホモサピエンスより腕力があったのですが、やがて絶滅してしまっています。ホモサピエンスとネアンデルタール人の違いは、ホモサピエンスがあらゆるものを食べていたのに対して、ネアンデルタール人はそれほど多くの種類を食べてはいなかったようなのです。
好き嫌いはしてはいけないということかもしれませんね。(つづく)
(文:食文化研究家 巨椋修(おぐらおさむ))2018-07