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ティムール王国とアメリカ   

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絵:そねたあゆみ

19世紀、世界に冠たる大英帝国を追い上げる二つの新興勢力。一つは、南北戦争で凄まじいエネルギーを見せたアメリカ。もう一つは、ビスマルクのもと、オーストリア、フランスを立て続けに破り、プロイセン統一を成し遂げた日の出の勢いのドイツ。結果的に二度の大戦でドイツの挑戦を跳ね返したアメリカは、イギリスの後継者として超大国の地位を確定するわけですが、では、果たして、本当に今はアメリカの時代だと言えるのでしょうか?

 14世紀、「稲妻皇帝」バーヤジィード1世の下、日の出の勢いで中東を席巻し、ヨーロッパへと侵略の矛先を向けようとするオスマン・トルコ。ヨーロッパ諸国は戦々恐々だったでしょうが、その東端ではチンギスハンの再来を自認する中央アジアの雄、ティムールが台頭。(ティムールは1336年の生まれと言いますから、日本で言えば、ちょうど、建武の新政から足利幕府創設に至る中間の時期で、つまり、足利尊氏や楠木正成らの子供の世代の人と思えば間違いないでしょう。)さしもの稲妻皇帝も、ティムールの前には歯が立たず、一敗地にまみれ、バーヤジィード1世は捕虜となり、失意の内に死去しました。ヨーロッパ諸国は突然の脅威の消滅にホッとしたでしょうが、では、そのティムールの王国が、時代を代表する世界帝国となったのかといえば、さにあらず。ティムールが死ぬとすぐに、その帝国は後継者難から崩壊し、それと対照的に、オスマン・トルコはバーヤジィード1世の子孫により復興。東ローマ帝国を破り、ついには未曾有の繁栄を謳歌することになったわけです。(ちなみにティムールの子孫の一人はインドに逃れ、ムガール帝国を創設しています。)

 で、そういう観点から見てみると、ドイツは日の出の勢いを大戦で二度までも完膚無きまでに叩かれたことで、武力による侵略をあきらめ、融和による拡張へと舵を切ったという見方も出来るのではないでしょうか?荒廃した国土から復興を果たすと、分断されていた東西を統一し、フランスを抱き込みEUのエンジン役を担うようになったわけで。

 その意味で、今は果たして本当にアメリカの時代なのか?アメリカというのはティムールと同じように、長いドイツの時代の始まりを彩ったほんの一時的な現象なのではないか?と。もっとも、大国というものは、ローマ帝国が衰退に向かってから西ローマ帝国の滅亡まででも200年、東ローマ帝国に至っては1000年以上も続いたように、今すぐ、アメリカが凋落するとは思いませんし何より、EUもこのままトントン拍子に行くとは思ってません。が、視点を変えてみるとそういう見方も出来るということです。

(小説家 池田平太郎)201-02

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