(絵:吉田たつちか)
山本五十六が詠んだ句に、「話し合い、耳を傾け、承認し任せてやらねば、人は育たず」というのがあります。山本という人は、残業しないことで有名だったそうですね。でも、高級軍人ともなると昼間は会議来客に忙殺されており、夕方ようやく自室に戻ってくると、机の上には決裁を求める書類が積みあがっている。普通の人はそこから、一枚一枚見ながら決済印を押していくので、どうしても残業になるが、山本は残業しない。どうするか?秘書官曰く、「スタンピング・マシーン」と呼ぶほどの凄い早さで決済印を押していくのだとか。それでいながら、問題がありそうな箇所はピクッと止まって、じっと読んでいるし、それで終わってみれば、振り分けはできており、特に問題も起き無かったと。このマジックの種は、秘書官曰く、「どうやら、提出者の名前で見ていたようだ」と。つまり、山本は「こいつなら、任せておいていいだろう」と、「こいつは、ちょっと気をつけておかないと」とをはっきりわけていたということですね。つまり、信頼して任せた以上は、そこまで信用すべきだということですね。
この点、「丸投げ」ということを批判された総理がいましたが、しかし、人間、すべてのことがすべてに得意ということは稀で、現実政治においてはそういう一握りの天才の出現を待ち続けることは無責任極まりない話です。だとすれば、自分にない能力、自分が得意でない分野は能力を持つ人、得意な人に任せるというのも一つの手法で、丸投げが問題になるケースとは、①任せておいて信用しないとき②任せておいて責任を取らないとき③決定権がどちらにあるのかあやふやなとき・・・でしょうか。
丸投げの好例にホンダがあります。創業者・本田宗一郎は、いい仕事をするが代金の回収は得意ではなく、対して、共同創業者の藤沢武夫という人は商売人だが技術開発力はない。そこで、完全分業なんですね。当時、「ワンマンならぬツーマン」と呼ばれたほどに徹底されたもので、本田は「ホンダの印鑑が○なのか□なのか知らない」と言い、手形は「代表取締役副社長 藤沢武夫」の名前で振り出されていたとか。(ただし、最終決定権者は社長・本田宗一郎。)
で、赤壁の決戦に臨むときの呉王孫権からの将軍周瑜への言です。「君だけで対処できるときは決戦を挑んでもいい。万一思い通りにいかないときは私と合流せよ。私が前面に立って戦う」。まさしく、日露戦争における大山巌満州軍総司令官と児玉源太郎総参謀長の関係ですね。大久保利通は伊藤博文や大隈重信ら俊秀との会話は、「これだけか?」「これだけです」で終わったと言いますが、まさしく、名将は有能な将軍の邪魔をしないということでしょうか。
(小説家 池田平太郎)2020-03