レオナルド・ダ・ヴィンチが、再就職する際に提出した「履歴書」があるのですが、それを見ると、彼はこの時点で既に高名な芸術家であったにもかかわらず、大半を兵器開発と築城技術についてのアピールに費やしています。で、終わりの方になって、「軍事技術が必要ないときには、建築設計、水利技術についても、軍事技術の考案と同様に、必ずご満足いただける能力を提供できます」と書いた後に、さらりと、「絵も彫刻も他の分野と同様にできます」と記しています。
まず、相手が興味を持ちそうなことから切り出す。履歴書の見本のような書き方であり、「顧客に対するプレゼンテーションはこうやるんだよ」と言っているようにも聞こえます。(そもそも、芸術家としての評価は、わざわざ、言わなくても相手も知っているわけで。)
一方で、これを受け取った側、つまり、雇用する側から見たならば、「技術者としても精通していますが、技術の仕事がないときは、営業もできますし、経理の知識もあります」と言っているようなもので、使う方からすれば実に使い勝手が良いし、当然、転職の際にも有利に働くでしょう。
ただ、ここで注目すべきは、彼の多才ぶりでも、プレゼンや履歴書の上手さでもなく、彼が芸術以外の分野でも自信を示していることです。 なるほど、これこそが彼が「万能の天才」と呼ばれた所以でしょう。(この点で、ダ・ヴィンチにもっとも近いのは、「格闘者」、「作戦指導」、「行政能力」、「政治外交」から、さらには「築城技術」にまで精通していた日本の戦国武将、藤堂高虎だったかと。)
この、「特定の分野での成功に引き籠らない」という処世術は、当たり前のように見えて、なかなか、稀有な発想です。普通は、特定の分野で成功を収めたなら、「自分はこの分野でのエキスパートなんだ」として、その分野の中でのさらなる成功を追い求めることはあっても、まったく畑違いの分野のことまで勉強しようとは思わないもの。現代に置き換えれば、営業成績トップの販売員の中に、どれだけ、技術や経理の知識を身に着けている人がいるか・・・を考えてみればわかりやすいでしょうか。(大日本帝国軍人に、「もっと経済も勉強して」と言ったら、「俺は軍人だぞ!そんな金勘定なんかできるか!」と反発されたかと。)
無論、それが口で言うほど簡単ではないことは誰でもわかるでしょう。が、彼らはそれをやったということであり、これが、「天才」と呼ばれた人たちの「努力家」としての隠れた一面であることも否定できない事実でしょう。
(小説家 池田平太郎)2024-6