●ある日、突然変異したムギが現れた
いまからおよそ1万年前、人類はまだ文明を知らず狩猟採集をして暮らしていました。そのころのムギ類は実が成熟するとパラパラと地面に落ちてしまい、まとめて収穫することができませんでした。
ところがある日、突然変異で実が落ちないムギが現れたのです。そうすると人類はムギを大量に収穫できるようになります。さらに一部をタネとして保存しておき、決まった場所に撒くことによって、ムギを探し回らなくても収穫できるようになりました。これが農業のはじまりと言われています。
●農業が生まれて戦争が起きるようになった
しかし農地で大量に農作物がとれるということは、野生動物やあるいは他の人類から農地を守らないといけないということであり、農地や収穫物の奪い合いが起こるようになりました。それが戦争のはじまりとされています。
●文明のはじまりも農業から
狩猟採集の時代は、自分たちが食べる分だけ狩りをして木の実などを採集していれば良く、その土地に食べるものがなくなれば、場所を移動すれば良かったのですが、農業をはじめるとその土地を離れるわけにはいきません。 また畑にムギを植えると食べ物がムギ中心になり、栄養が偏るようになってしまいました。
そして大量に収穫できるようになったことにより、余剰が生まれます。その余剰ムギを分配することにより、農民以外の専門家を養うことができるようになりました。 たとえば戦争を専門に行う兵士を雇えるようになったり、建物を作るための様々な職人を雇えるようになったりできるようになりました。またムギを多く持つ者と持たない者の富の格差が生まれ、王と庶民、奴隷などの身分格差も生まれるようになりました。
そして8千年~5千年前、いまのイラクがある付近に世界最古のメソポタミア文明が誕生します。
●古代文明からパンが生まれた
メソポタミアの古代人たちは小麦粉を水でこね、平たい石の上で焼いて食べていました。これがパンのはじまりです。ただそのころの人類は酵母の存在をしらず、現代のようなふっくらとしたパンではなく、ただ小麦粉を水でこねたものを焼いただけのものでした。パンの発酵は古代エジプトで偶然発見されたといいます。おそらく小麦粉と水をこねたまま一晩ほど放っておいたのでしょう。空中に漂っていた酵母菌が、パン生地に付き自然に発酵。それを捨てずに焼いてみたら、ふっくらとして美味しいパンが焼けた・・・というのが発酵パンのはじまりではないかと言われています。
●コムギやオオムギに擬態して人間に栽培させた雑草ムギ類がいる?
人類がコムギヤオオムギを栽培するようになると、他の草は雑草として引き抜かれることになります。
ところが最初雑草だったライムギは、長年除草され続けているうちに、コムギに似ているものが除草を免れるようになり、姿かたちがコムギに似ているものが生き残り、コムギよりも寒さや劣悪な環境に強いライムギは、地域によってはコムギよりも栽培されるようになりました。もしかしたらライムギは人間に栽培してもらうために、コムギやオオムギに擬態をしたのかも知れません。
ライムギだけではなく、オーツムギ(エンバク)も元は雑草であったのが、麦畑の中で生き残り、やがて栽培されるようになりました。
●文明の伝播はパンの伝播でもあった
メソポタミア文明で生まれた無酵母パンは、エジプト文明に伝わり発酵させふっくらとしたパンになり、そのパンは古代ギリシャ・古代ローマへ、さらにヨーロッパへと伝わります。
ヨーロッパ文明が世界中に伝わると、パンも同様に伝わって行きました。日本の場合だと、戦国時代にヨーロッパ文明が伝わると同時にパンも伝わりますが、江戸時代になると鎖国政策のためほぼ途絶え、幕末や明治時代になってから一般人にも食されるようになりました。
●コムギが人類を家畜化している?
ムギ類たちが人類に与えてくれた食べ物はパンだけではありません。パスタやピザ、うどんやラーメン、ビールにウィスキー、味噌に醤油、お菓子の材料などなど、いろいろな食品の元になっています。まさに人類の胃袋を支えてくれたありがたい穀物です。
とはいえ、人類はムギたちを育てるために朝から夜まで働き、畑を守るために戦争をしてきました。『サピエンス全史』の著者ハラリ氏は、人類がコムギを栽培しているのではなく、コムギが人類を家畜化しているとさえ言っています。それほど人類とムギとの関係は切っても切れないものなのです。
(巨椋修(おぐらおさむ):食文化研究家)2024-12
世界最古の農作物、ムギの歴史
おぐらおさむの漫画「まり先生の心のお薬研究室」連載をネットで無料配信、スタート