長い夏の鋭い光が去り、どこか丸みを帯びたやさしい陽光が、草木や人の心を包み込む。空には鰯雲が広がり、柿の実が赤く色づき、稲刈りを終えた田んぼが陽射しを反射して黄金色に光る。この「秋麗」の一日こそが、日本人の心に深く刻まれた秋の美意識を形づくっているのかもしれません。庭先に腰を下ろすと、陽だまりの温かさに思わず目を細めてしまう。
「秋麗」は単なる快晴を指す言葉ではなく、その裏には「間もなく冬がやって来る」という予感が潜んでいる。心地よい陽気は長く続かず、やがて北風が吹き、落葉が舞う季節へと移り変わる。だからこそ、このひとときの温もりがかえって胸に沁みる。日本人が無常観を愛でる背景には、こうした一瞬の輝きへの感受性があるのでしょう。
「秋麗」の日に散歩すると、不思議と心が解きほぐされる。収穫を終えた田畑が整えられ、紅葉を見上げる人々が足を止める。人の営みと自然の景色が、同じ穏やかなリズムに調和していることを感じる。現代社会の忙しさの中で、この調和を意識する時間は、むしろ贅沢なものとなっているのかもしれません。
ほんの数日の陽気が、人の心に深い余韻を残す。もし空を見上げて「今日は秋麗だな」と感じる瞬間があれば、その日はきっと心に刻まれる特別な一日になるでしょう。
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秋麗や風なき庭に影ひとつ
秋麗の一刻惜しむ鳥の声
秋麗や人も草木も息を継ぐ
秋麗や生きて在ることただ嬉し
(ジャーナリスト 井上勝彦)2025-10




