かつて、日韓併合のとき、朝鮮の政治運動家の中には、「我々は滅びることにも失敗した」と言った人がいたというが、なるほど、同じ滅びるにしても、「マシな滅び方」と「最悪の滅び方」があるということか。で、思ったのが、第二次世界大戦終戦後、日本の舵取りを担うことになった吉田茂が、敗戦時の総理大臣・鈴木貫太郎から、「負けっぷりを良くしよう」と言われたという話。
日本政府が鈴木の言を無視して、GHQに対し、往生際悪く、面従腹背で臨んでいたならばどうなったか?互いに不信は不信を呼び、澱んだ空気は事件を招く。そうなると、GHQの側に反米主義者と一般人の見分けなどつくはずもなく、誰彼ない過酷な弾圧で事に臨み、日本人の側も、地下に潜り、レジスタンスで対向するようなことになったならば、互いに、憎しみが憎しみを呼んで犠牲は増え続け、結果、ソ連を喜ばせただけの日米ともに不幸な事態となった可能性は否定できない。(ソ連はそれを見越して、裏で反米運動を煽ったであろう。)
この点、現代でも、独裁政権の圧政に苦しめられた経験を持つ人たちは独裁者の退場を喜ぶ。当然だろう。が、受け皿が用意されないままに、迂闊な形で独裁政権を排除することは、場合によっては独裁政権時代と同様、いや、それ以上の惨禍をもたらすことは留意しておかねばならない。内乱や外国同士の戦争の舞台となってしまうからである。その点、第二次世界大戦後の日本は、世界史的にも稀にみる僥倖に遭遇した。敗戦と同時に、間髪を入れずに、占領軍GHQという、それまでの日本政府以上に強力な権限を持った「重し」が存在したからである。しかも、彼らは一定期間を経た後、整然と日本から去った。
無論、GHQの日本占領時代がバラ色で終始したわけでもないことは言うまでもないことで、また、同じ独裁でも、ヒトラーのドイツとアサドのシリアではかなり趣を異にしていることも事実である。しかし、もし、GHQの統治がないままに推移していたならば、日本は日本人同士の内乱の修羅場となったのではないか。
なお、明治の日本人は利口だったが昭和の日本人はバカだったと思っている人がいるが、それは話半分。確かに、明治の日本人指導者が「世界からの目」というものを意識して、謙虚であったのは事実だが、指導者も指揮官もみんな優秀で、将兵奮戦と伝えられる日清日露戦争の後で、政府が「実はこんな反省点があった」などと言えば、戦死した兵士の遺族からは必ず不満の声が出る。第二次大戦で日本軍人の愚かさが語られるのは、ひとえに戦争に負けたからである。勝っていたら、指揮官のいかなる怠慢も無思慮も闇に葬られただろう。 (小説家 池田平太郎)<池田平太郎の新著「女王陛下の十手持ち」amazonにて絶賛販売中!>




