今年の正月、ちょっと着物で出かけたら、40代の方から「いつも、そういう占い師みたいな格好をしてるんですか?」と聞かれ、ふと、「この方は、もしや男の着物を知らないのでは?」と思いました。
というのも、最近では、初詣に着物で行くと若い人の中には驚いたような奇異な目で見る人もいるからです。
つまり、おそらく、親も着物を着たことがない世代で、つまり明らかに着物を知らない人たちが増えているということだと思いますが、私が子供の頃、大人は普通に正月は着物でしたよ。
で、確信を込めてふと思ったことがあります。
やがて、そう遠くないうちに日本から正月は無くなる・・・、少なくとも今の正月が形を留めるということはなくなるだろうと。
まず、今、急速に淘汰されようとしている物は何も着物に限った話ではなく、「門松」「しめ縄」などの他にも「年賀状」や「初詣」という物もかなり存続が危ぶまれます。(うちの子供達はまったく年賀状は書きませんし、初詣にも行こうとしません。かくいう私も、行っても行列してたら、並んでまで参拝はしませんけどね。)
まあ、元々、年賀状も初詣も明治以降になっての習俗ですから、消えゆくのは元の姿に返るだけとも言えるわけですが、要はこれを非合理的な因習とみなすのか、それとも受け継がれるべき日本の文化とみなすのか・・・という問題なんだと思います。
負担ばかり多い習慣というのは長続きしないでしょうし、合理主義という尺度だけですべてを切り捨てしまうのもどうかと。
また、昭和の正月にあって、既に、消えてしまった物としては「羽子板」「凧揚げ」「独楽」「獅子舞」などと並んで「年始回り」があります。
昔は、年が明けたら、お得意様やお世話になった方のお宅などに挨拶に行きました。
子どもとしてはそれだけお年玉がもらえるので嬉しかったのですが、大人は行く方も迎える方も大変だったと思いますよ。
我が家などは昔は親戚も多かったし、入れ替わり立ち代り、誰か来てましたから、母や祖母などは前日の大晦日の夜から、「おせち料理」(これも今は家では作らなくなりましたから、ある意味、絶滅危惧種です。)の仕込みに入り、三ヶ日の来客に備えます。
だから、働き詰めの女性を休ませるため1月2日の夜の風呂は無し。
これなんかも、若い方たちは「は?風呂?」でしょうが、昔は薪で沸かしてましたから、結構な重労働だったわけですね。
そう考えれば、たぶん、今のままでも残るのは「お年玉」だけだと思いますよ。(小説家 池田平太郎/絵:そねたあゆみ)2015-01