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伝統を守るための伝統の破壊

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(絵:吉田たつちか)

 日本は約2700年の歴史を持つ、世界一息の長い国です。伝統を守ることにも長け、伝統芸能や伝統工芸などなど、今も多くの人に愛されています。やもすれば現代の感覚で見ると古臭くも思える「伝統文化」。古臭く見えても、実のところ少しずつアップデートしているもの。時代の変化により形骸化し、受け入れられなくなっていくからです。つまり、伝統を破壊することで伝統を守っているといえるでしょう。
 例えば能。昔は篝火の灯りで上演していましたが、現代では電気を用いています。伝統をそのまま守るのであれば、篝火を使うべきでしょう。しかし、現代の密閉された建物の中で火を使うことはご法度。篝火を使うこと以上に大切なのは、「能」という芸能を守ることですよね。よって、屋内では電気を使うようになりました。
 他にもあります。日本最初の歴史書である『古事記』も、伝統の破壊から誕生した可能性の高いものなんです。『古事記』は、とても記憶力の優れた稗田阿礼が太安万侶に語ったことを編纂したといわれています。ここでのポイントは、稗田阿礼がなぜ昔の出来事をよく知っていたかという点です。
 そのことについての記録は残されていませんが、『古事記』以外の歴史書の成り立ちを見るとヒントが隠されています。資料不足で偽書とされている『竹内文書』や『宮下文書』は、口伝で代々伝えられてきたものなのだそう。歴史を覚えることが当時は役職として存在し、父親から息子へ一子相伝。ところが歴史が長くなると記憶する方も大変ですし、伝え切る前にどちらかが亡くなったら全てが終わりとなります。そこで書き残すことになったとのこと。大切なのは歴史を後世に伝えることであり、口伝はただの手段に過ぎないと気付いたのです。もし「口伝」という手段にこだわり続けていれば、『古事記』も『竹内文書』も『宮下文書』も現代で知られていなかったでしょう。
 このように目的がハッキリ分かれば、時代の流れによって様々なことが変化していっても対応が可能です。伝統を守るために、伝統を破壊する。このことを少しずつ行ってきたからこそ、今日の日本が存在します。
 伝統を守ることは大切です。しかし「伝統」は思考停止するための言い訳ではありません。目的を明確にすることで、柔軟な対応をする。このことこそが、伝統を守り後世に歴史を伝えることになります。あなたも身近な伝統を見つめ直してみませんか?

(コラムニスト ふじかわ陽子)2022-12

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