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無用の用ならぬ無能の能

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2009-05-03「果たして、理論家のTOPの下に実践派の補佐役が付いた方がいいのか、それとも、実践派のTOPを補佐する形で理論派の参謀が付いた方がいいのか」・・・・・。すなわち、智将の下に猛将が付くべきなのか、猛将の下に智将が付くべきなのか?。これは、実は、結構、以前から考えていたことで、特に学生時代、三国志を読んでいて強く思ったことなのですが、これはある意味、理論が先か、実践が先か・・・といっていいかとも思います。
となれば、「理論と実践とはどちらが欠けてもいけない車の両輪である」・・・という自説に照らせば、もちろん、両方優秀な人であるのが一番、理想なのでしょうが、それは現実社会では必ずしも実際的ではありません。(かつて、兵法評論家にして私が師と仰ぐ、大橋武夫氏は三国志に関する著書の中で「曹操は百万の大軍の総司令官であり、諸葛亮は百万の大軍の参謀総長であった」と述べられたことがありましたが、同時に「この二人が組むことが一番、理想形だったろうが、曹操では諸葛亮の保護本能をくすぐることがなかったであろうから、この組み合わせは難しかったであろう」ということを述べておられました。諸葛亮が推戴した劉備は決して、切れ者ではなかったが人徳と決断力だけは持っていた人物で、それが言うならば、劉備という男の「可愛げ」・・・であったろうと。誰かが言ってましたが、これこそ、「無用の用ならぬ無能の能」であろうと。)言ってましたが、これこそ、「無用の用ならぬ無能の能」であろうと。)その意味では、理想的・・・、あるいは、ベストという形はおそらく、存在しないのでしょうが敢えて、ベターという視点で言えば、私的には、「智将を補佐する形で勇猛な部将が付いた方が良い」ように思います。
敢えて、政治感覚のみの人と、勇猛なだけの人に極論すればわかりやすいかと思いますが、その点で、好例となるのが、源頼朝と義経、石田三成に島左近、アウグストゥスとアグリッパのような関係でしょうか?
一見、決断力に富む軍事的能力が高い人がトップに立ち、政治的能力の高い人が細部を詰めていった方がいいようにも思いますが、この場合、勇猛なだけの人に判断能力があればいいのですが、判断が付きかねる場合、また、こういう人ほど得てして妙な猜疑心を持ったりするもので、そうなると、やはり、誤った判断を下しかねないように思えます。
項羽と范増の関係がその典型でしょうか。項羽は范増の献策を活かすことなく、逆に敵の計略にひっかかり、范増を殺してしまうことにも成りかねないからです。(史書はそう伝えてないみたいですが) となれば、智将の下に勇猛な部将が付いた方が弊害が少ないと思うのですが、如何でしょうか?
(文:小説家 池田平太郎/絵:吉田たつちか)
2009.05

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