いまや日本人の大好物となった焼肉ですが、戦前の日本人はあまりお肉を食べませんでした。江戸時代以前であれば、薬の変わりに食べるくらいでした。
明治になって、欧米から肉食文化が入ってきます。そのときもほとんどの日本人は肉食に抵抗があったようです。
明治から現代にかけて、日本料理として作られた肉料理としては、有名なものとして牛鍋から発達した『すき焼き』や『とんかつ』、あるいは『しゃぶしゃぶ』、他には『肉じゃが』などがあります。
ここで何か気付きませんか? そうです。お肉を直火で焼く料理がないということ。お肉を直火でまったく焼かなかったわけではありません。
猟師さんなどは、狩った獲物を串にさして直火で焼いて食べたり、囲炉裏や七輪で網焼きにしたこともあったことでしょう。でも、直火でお肉を焼くという文化は育たなかったようです。鉄板や鉄鍋で焼くという文化も育たなかった。
明治に入ってからも『牛鍋』や『すき焼き』に見られるように“焼く”料理というよりも“煮る”料理でした。昔話でも『たぬき汁』は出てきますが『たぬき焼き』は出てきません。また、内蔵料理のことを臓物(ぞうもつ)から「モツ」と呼びますが、日本では「モツ焼き」よりも「モツの煮込み」のほうが一般に広く食されているようです。
このように、日本ではお肉は「焼く」よりも「煮る」ほうが一般的で、お肉を直火で焼く『焼肉』が日本の人々に広まるのは戦後になってからのことなのです。
お肉を直火で焼くという料理法は、原始時代に人類が火の利用を発見したときに生まれたものでしょう。そして世界中のほとんどの民族がお肉を焼いて食べています。世界には豚や羊の丸焼きもあれば、ステーキやバーベキューもお肉を焼く料理です。
しかしいまここでいう『焼肉』とは、いわゆる日本各地にある『焼肉店』で売られている網で焼きタレをつけて食べ『焼肉』のこと。この『焼肉』は、戦後になって日本に広まりました。この料理を広めたのは戦前戦後に日本にやってきた在日の韓国・朝鮮の人たちです。ただタレを付けて食べる『焼肉』は、朝鮮半島にはない料理法でした。
元々、朝鮮半島の人たちが食べていたのは『ノビアニ』と言われる料理でした。この『ノビアニ』というのは、醤油、ゴマ油、砂糖などを混ぜ合わせたタレをお肉に漬け込んで焼く料理のことです。古くから朝鮮半島ではこのタレに漬け込んだ肉を台所で焼いた肉を、お皿に盛って食べていたのです。
いま、わたしたちが食べる『焼肉』というのは、目の前の網などに自分で焼くというものであり、タレは小皿に入れたタレをつけて食べるという違いがあります。
朝鮮半島の焼肉は、いまでは『ノビアニ』ではなく『プルコギ』(韓国語で焼肉という意味、そのままですね)と言うのですが、この『プルコギ』という言葉は1945年以前の辞書ではみられないものであり、『プルコギ』は、タレに漬け込んだお肉を焼き、さらにお肉を小皿に入れたタレをつけて食べる方法。そして1945年は昭和20年つまり終戦の年です。
どうやら、在日韓国・朝鮮の人たちが、日本でタレをつける方法を作り出し、戦後になって朝鮮半島に逆輸入されたもののようです。よって韓国では、日本からやってきたタレをつける焼肉を『日式焼肉』といいます。
さらに違いをいえば後述するようにお肉は日本では牛肉がメイン、韓国では豚肉が中心。焼き方は、韓国ではお店の人が焼いてくれますが、日本ではお客が自ら焼くやり方。お肉のサイズは韓国式だと大きくて、ハサミなどで切りますが、日本はひとくちサイズと、いろいろと違いがあり、世界的に見ると、日本の焼肉と韓国の焼肉は別の料理と見ているようですね。
韓国の焼肉は豚肉がメイン
さきほど、ちらりと述べたように、日本の焼肉は牛肉が中心ですが、韓国の焼肉は豚肉がメイン。韓国の焼肉屋さんでは牛肉を置いていないところもあるくらいです。韓国の焼肉屋さんではお客もあまり牛肉を頼まないためか、値段が豚肉の2~3倍ということで、ますます牛肉への嗜好が少なくなったそうな。
さらにいうと、韓国の焼肉では、牛肉の評判がすこぶる悪いのです。ためしにネットで調べてみたところ「肉がパサパサ」とか「味がない」「不味い」と、韓国焼肉における牛肉は高い上に不味いと、評判はさっぱりなのです。
逆に韓国の焼肉では豚肉が絶品! もし韓国に旅行して焼肉屋さんに行くのなら、牛肉ではなく豚肉を食べることをオススメします!
ホルモン焼きのホルモンって?
焼肉屋さんにいくとホルモン焼きも食べることができます。いわゆる『ホルモン焼き』というのは、牛や豚の内臓を焼いて食べるもの。
その語源として多くの人は大阪弁で捨てるものという意味の「放る(ほうる)もん」がホルモンになったという説があります。
戦前、肉食に慣れていなかった日本人は、牛や豚の内臓を食べるということをあまり知らず、内臓のほとんど捨てていたため「放るもん」=「ホルモン」になったという説です。なかなか説得力のある説ではありますが、残念ながら事実ではありません。
ホルモン焼きのホルモンは、いわゆる男性ホルモンや女性ホルモンなど、体内の化学物質のホルモンから来ているのです。
男性ホルモン、女性ホルモンといった名前でもわかるように、性や精力に関係があるこのホルモンが「いかにも精力がつきそう」ということで、戦前に動物の内臓料理や、精力がつくとされる卵や、山芋などが「ホルモン料理」と呼ばれるようになりました。
牛や豚を焼肉同様に内蔵を焼いたものをスタミナ料理として「ホルモン焼き」と呼ぶようになったとのことです。
(食文化研究家 巨椋修(おぐらおさむ)/絵:そねたあゆみ)