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軍の発言力は流した血の量に比例する  

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絵:そねたあゆみ

 夏目漱石の小説「三四郎」の中に、汽車の中で三四郎が乗り合わせた男に、「これからは日本もだんだん発展するでしょう」と言うと、「滅びるね」と答えた・・・という有名な話がありますよね。この小説の連載が開始された明治41年は日露戦争終結から3年。国民は戦争による巨額の財政負担のため、塗炭の苦しみに喘いでおり、お手上げの明治政府は「戊申詔書」を出して国民に倹約を呼びかけるしか方策がなかったと言われています。
 ところが、その経済苦境は第一次世界大戦という僥倖により救われ、こうなると、喉元過ぎれば熱さを忘れるで、成功体験のみが形となって残り、結果、「滅びるね」と言った男の言葉通りの展開となっていきます。
 日本を滅亡の瀬戸際に追い込んだ太平洋戦争の敗戦(滅亡しなかったのは、東西冷戦という「神風」が吹いたからとも。)というものの遠因を探っていくと、詰まるところは戊辰戦争、西南戦争を勝利するために軍部の力に頼ったということがあったのでしょう。でも、やはり、それに輪を掛けたのは、日清、日露戦争の勝利ということがあったのは否めない事実のようです。
 ただ、この点は何も日本に限ったことでは無く、普墺戦争、普仏戦争で大勝利を収め、日の出の勢いだったドイツは、二度の大戦で完膚なきまでに敗れ、逆に、二度の大戦に勝利し、一躍、超大国に躍り出たアメリカはベトナムで一敗地に塗れたにも関わらず、未だに成功体験から抜け出せていない・・・。(以前、ベトナム戦争当時の両国の戦争指導者たちが一堂に会して語り合うというのがありましたが、その折、マクナマラ元国防長官を始めとするアメリカ側は強気でワーワー言って、何とかベトナム側に「両国、共に悪かった」ということを言わせようとしていました。これぞまさしく、「終戦交渉というときになると、交渉を有利に進めようとして北爆し、逆にベトナム側を硬化させた愚」そのもので、アメリカの驕りと学習能力の欠如を見たでしょうか。)
 武田信玄の言と伝わるものに、「およそ戦というものは、五分をもって上とし、七分を中とし、十分をもって下とす。五分は励みを生じ、七分は怠りが生じ、十分は驕りを生ず。戦いは五分の勝ちを以て良しとする」というものがあります。つまり、「勝ちは辛うじて勝ったくらいがいい。七分勝てば驕りを生じ、圧勝するともはや弊害の方が大きい」ということで、つまり、「軍の発言力は流した血の量に比例する」ということ。なかなかの至言といえます。シビリアン・コントロールと言うものは、巷間、言われているほど堅牢なものではないことを我々も肝に銘じるべきでしょう。(小説家 池田平太郎)2019-04

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