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実際の戦場 

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絵:そねたあゆみ

 中国戦国時代の趙の武将に趙括という人が居ます。時には、兵法論議で名将といわれた父を論破するなど、幼少時より兵学に通じていた人ですが、父は死ぬまで息子を認めようとしなかったとか。理由を尋ねられると、父は、「戦とは生死のかかったものなのに、息子は無造作に論じている。任用されずに済めばよいが、将になったら趙軍は必ず壊滅するだろう」と返答したといいます。

 で、後年、趙に攻め込んだ秦はその分厚い守りに手を焼き、一計を案じます。「秦軍は兵法の名家たる趙括が指揮を執ることを恐れている」という流言を広めたわけです。これに乗った趙王は、せっかくよく防いでいた将軍を罷免して、趙括を総大将とする人事を発令。これには、名宰相と呼ばれた人から、趙括の実母までもが「任に非ず」と言って反対しましたが、王は構わず押し通しますが、結果は父が案じていたとおり、趙軍は大敗。趙括は戦死し、趙軍40万は降伏、240人の少年兵を残し、全員、生き埋めにされたと伝わります。

 同様のことは、日本でもあります。大垣城で徳川家康と睨み合っていた石田三成は、家康の大坂侵攻の報を聞き、その夜のうちに城を出、関ヶ原に移動して待ち受けましたが、元帝国陸軍参謀の大橋武夫氏は、これを「夜間での敵前移動など、これでよくぞ壊滅しなかったのは、戦いに次ぐ戦いで鍛え抜かれた戦国武士団だからこそ」と喝破しました。つまり、命がかかった実戦は、平時に机の上で将棋の駒を動かすようなわけにはいかないということでしょうね。(命のやりとりをしている戦場にあっては、普通に行動できただけで英雄だと言います。確かに、銃弾が飛び交う中にあって、普通に歯を磨けたら、それはもう英雄でしょうね。)

 ところが、率いる人が率いれば、実際の戦場で、「将棋の駒を動かすような」ことが起きてしまうんですね。正面の敵と交戦中、同盟軍の、裏切りにも等しい勝手な撤退により、脇にも敵を抱えることになってしまったスウェーデンの獅子、グスタフ・アドルフは、普通に自軍の一部を「左向け左!」させてこれに当て、自らは正面の優勢な敵に当たり、そのまま、正面も脇も両方撃破してしまったと・・・。普通、同盟軍が戦場を離脱した時点で兵はパニックになりますよ。

 もっと凄いのがナポレオン。敗走中の自軍の前に、白馬に乗ったナポレオンが姿を現した途端、兵士らは踏みとどまるどころか、360度Uターンして敵に向かって駆け出し、逆に、敵は反転して逃げ出したと。ナポレオンは「余の赴くところ必ず勝つ」と言いましたが、もはやこうなると「伝説」ではなく、「信仰」だったのでしょうね。

(小説家 池田平太郎)2019-08

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