雨が降るとどこからともなく現われるナメクジ。ヌルヌルと這う様は、お世辞にも可愛いと言い難く、一般的に気持ち悪い生き物の代表となっています。これが転じて、陰湿な人への悪口を「ナメクジ」とすることも少なくありません。
ナメクジはジメジメとした日に見かけることが多いため、「陰湿」と結びつけられるのでしょう。
実のところ、雨の日にナメクジがよく出現するのは、水が好きだからではありません。その逆の、雨水から逃げるためです。ナメクジは肺呼吸をしていますので、水没してしまうと溺死してしまいます。また貝殻がないため、体を保護する粘液が雨水によって流されてしまうのも、ナメクジにとって生死を分ける大ごとです。なのに、人間からは「気持ち悪い」と避けられたり、塩をかけて溶かされたりする理不尽。ナメクジが気の毒ではないでしょうか。
このようにか弱い存在に思えるナメクジですが、古来より日本ではヘビには強いとされています。三竦み(さんすくみ)をご存知でしょうか。ヘビ・カエル・ナメクジが揃うと、互いが捕食者であるため膠着状態に陥ってしまうというものです。ヘビ・カエルに比べてナメクジは弱そうに見えますが、ヘビには強いというのが面白いですね。
実際、ヘビなど爬虫類はナメクジを餌として与えても口にしませんので、昔の人はよく観察していたのでしょう。
ヘビがナメクジを好んで口にしない理由は、体を覆う粘液が大きいようです。ぬるりとしていて食べにくいだけでなく、寄生虫がいることもあります。加えてとても生臭いのです。これがあるからヘビだけでなく、何でも料理してしまう日本人もナメクジを食べてきた歴史はありません。
もしかするとナメクジは、か弱いからこそ嫌われる存在になることで生き延びてきたのかもしれません。捕食者を減らすことが生存戦略で良いと直感的に分かっているのでしょう。
とはいえ、在来種のナメクジは都市開発が進むにつれ生息域を狭めています。
現代主流になっているのは、外来種のチャコウラナメクジです。チャコウラナメクジは名前の通り退化した貝殻を体内にもった乾燥に強い種で、都市部でもよく目にすることができます。群れで生活することが多く粘液も在来種よりも少ないので、従来の「陰湿」というイメージとは違った生態を持っています。今後、チャコウラナメクジが主流になれば、悪口としての「ナメクジ」は絶滅するかもしれませんね。それはそれとして哀しい気もします。
(コラムニスト ふじかわ陽子)2024-6