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日本食は庶民が発展させた

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03-27もしあなたのところに外国人の友だちがたずねてきて「せっかく日本にきたのだから、何か日本の料理を食べたいからどこかいいお店に連れて行ってください」と頼まれたとしましょう。
さて、あなたならどこに連れていきますか?
多くの場合sushi(スシ)、tempura(テンプラ)、もしくは sukiyaki(スキヤキ)といったところではないでしょうか?
フランス料理、イタリア料理、中国料理などなど、世界で有名な料理は、そのほとんどが“宮廷料理”や、貴族階級が食べるたべに作られてきた料理たちなのですが、なんとなんと驚くなかれ。
日本料理で世界に知られているもののほとんどが、庶民による庶民のための庶民の料理なんですね。
もちろん、中世日本で発達した、公家が食べていた『大饗(たいきょう)料理』や『有職(ゆうそく)料理』というものもありましたが、現在では、ほとんど食べられることがなく、日本を代表する料理とは言えません。
また鎌倉時代、将軍や大名を饗する料理として『本膳(ほんぜん)料理』というのが成立します。しかし、これも江戸時代を通して廃れてしまい、やはり現代の日本を代表する料理とは言えません。
いまや世界3大料理のひとつにも数えられる、世界に冠たる日本料理を作り出していったのは、貴族でも武家でもなく庶民。
農村や漁村の人々であったり、商人であったりするのです。たとえば、日本料理に大きな影響を与えた茶道の千利休は、元々魚屋であり後に倉庫業を営んでいた商人でした。
江戸時代になってくると、茶道や懐石料理も武士、公家、僧侶だけのものではなくなり、広く庶民に浸透してゆきます。
食事というものは、栄養補給だけではなく、五感すべて使って楽しむ“娯楽”でもあります。
食事を娯楽・快楽として楽しむためには、ある程度以上の知性や感性、豊かさが必要で、知性という点では江戸時代の農民や商人・職人の文盲率は、1~3割あったとも言われるくらい優れたものでした。
これは同時代のヨーロッパ諸国や中国の文盲率が8~9割であったことを考えると驚異的な数字です。
人間、文字が読めれば本を読みます。
江戸時代の寛永20年(1643年)に「料理物語」という本が出版されたのをはじめ、数多くの料理本が出版されるようになり、料理法が広まることになりました。
天明2年(1782年)には、いかに豆腐を楽しむかという「豆腐百珍」という本がベストセラーになり、他に「甘藷百珍」「海鰻百珍」「蒟蒻百珍」がシリーズ化するほどに読まれています。
こういった本を読んでいたのは、特に武士階級の人々だけではなくむしろ庶民階級の人々が、自分たちの食卓を豊かにするという楽しみのために読んでいたのです。(食文化研究家 巨椋修/絵:そねたあゆみ)

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