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朝顔にも歴史あり

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10-07-3 陽が昇ると咲き、陽が沈むとつぼむ花――朝顔。小学生の頃、その生態が不思議でなりませんでした。美しい紫やピンクの花弁が夕方にはしぼんでしまう。本当にまた開くのかと疑問を抱きながら眠り、翌朝、目を覚ましてドキドキしながら庭を覗くと、元気に空に向かって花弁を開いている姿を見てとてもうれしい気分になりました。くるくるっと巻きつく愛らしいツルと独特な形の葉にも趣がありますよね。
そして私の朝顔の楽しみは完全に花が枯れ落ちてしまっても続くのでした。花弁のあった場所には黄土色の皮に覆われた種が実ります。その皮の袋をパリパリッと潰すと中から黒く小さな粒が出てくる。このパリパ リッという感触が子供には面白く、そして次の袋からは一体いくつ種が出てくるのだろうと、いくつもいくつも潰すのが止められなくなった想い出があります。
その種ですが、奈良や平安時代には下剤として使われていたそうです。もともと朝顔は観賞する花として日本に伝来したのではなく、薬として中国から遣唐使が持ち込んだものでした。薬は牽牛子(けんごし)と呼ばれ、中国で牽牛(けんぎゅう)と朝顔の種を物々交換していたことからその名が付いたとのこと。下剤としての効き目はとても強く、嘔吐や血圧低下も伴うそうですから、まあ、食あたりのような状態になるわけです。現代に生きる私たちにはオススメできない薬ですね。
観賞用となったのは江戸時代になってから。全国各地で朝顔栽培が大流行し、品種改良まで行われたようです。なかでも熊本藩の武士は『肥後朝顔』という十センチほどの大輪を作ったと言いますから、当時の人々の朝顔にかける愛情と熱意の程がうかがわれます。
もし、子供が朝顔の観察をしているならば、こんな歴史を話してあげるとより関心を高めることでしょう。「お父さん(お母さん)、物知りなんだね」と尊敬の眼で見上げるかもしれませんよ。
(文:コラムニスト 華山姜純/絵:吉田たつちか)2010-07

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