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児玉大将の地図を持たない人々への喝!

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12-09-04 明治期、医学界の権威だった医師の回想として、「今まで、色々な政府高官を診てきたが、地位が上がるに連れて能力も比例して上がっていった人は少ない。多くが、地位と能力は反比例している」というようなことを言い、続けて、「地位が上がるに連れて能力も上がっていったのは児玉源太郎大将と陸奥宗光元外相の2人だけだった」と言ったとか。
なるほど、児玉も陸奥も、確かに、人一倍、聡明な頭脳の持ち主ということは知っていましたが、地位が上がるに連れて能力も上昇していったという話は少々、意外でした。この二人は、あるいは、非常な努力家であったのかもしれませんね。
そのうちの一人、児玉大将ですが、私の好きな映画に二百三高地というのがあり、この中で、とても教訓に値する場面がありました。
104年前の日露戦争開戦前夜、遂に開戦を決意した明治政府は、事に臨まんとして、児玉源太郎陸軍大将を内務大臣から格下に当たる総参謀長(事実上の陸軍の作戦指導責任者)に転任させました。(ドイツは、この人事で、日本が開戦するハラを固めたことを推察したとか・・・。)
それまで、陸軍内部でも盛んに開戦論をぶちあげ、時には政府首脳に対し直訴・懇請さえした若い参謀らが多数いたそうですが児玉大将が総参謀長に就任し、参謀本部に乗り込んできたとき、「開戦ですか!」と色めき立つ幕僚らに児玉は軽く頷きながら、「さぁ、主戦場となる満州の地図を出せ」と言ったら、その場にいた青年将校たちが、皆、顔を見合わせ、「地図・・・ですか。有ったか?」と言い合ったとか・・・。
早速、「何ぃ!貴様ら、戦争、戦争と騒いでおったくせに地図も用意しとらんで言うておったのかぁ!」と児玉大将のカミナリが落ちたと言いますが、この話は大変、考えさせられる話です。
散々、「今しかない!」と名論卓説をブチあげていたエリート参謀たちが、実際には地図も用意してなかったと・・・。つまり勝てるかどうかを詳細にシュミレーションした上で言っていたわけではなかったわけですね。
まあ、彼らには彼らなりの考えがあったのでしょうが、とかく、若者とは大声で騒いでいるうちにお互いに自分たちの名論卓説に酔ってしまうという所があるのも事実なわけで・・・。
昨今でも時々、こういう人たちを見かけますが、果たして、彼らのうちのどれだけが「地図」を用意した上で言っているものなのでしょうか・・・。
(小説家 池田平太郎/絵:吉田たつちか )
2012-09

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