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「もったいない」は、現代日本に於いては罪悪である

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1110-5 昨今、「もったいない」という言葉を国際語にするとか何とかで新聞でよくみかけますが、これは私のように食い物を残したら親から死ぬほど殴られた世代には心情的には理解できるのですが、こと、現代日本ではこの言葉は「罪悪」だと思います。
なぜなら、昨今のコンビニにしても、リサイクルショップにしてもそれを強く感じるからです。
先日、見たリサイクルショップの「お売り下さい」のチラシには、「春夏物衣類は1-6月、秋冬物は7-12月しか買い取りません」と書いてありました。彼らは古本でもそうですが、すぐに売れる物しか買わないようですね。今日仕入れて、今日のうちに売れる物が彼らにとって引き取りの対象なんです。結局「スピード」なんですよね。
つまり、彼らにとって、いつか高値で売れるかもしれないような名品はもう必要ないということのようです。これは、即ち、倉庫に大量の在庫を抱えることはしないということであり、結局まあ、あらゆる業界でコンビニ化が進んでいると言うことでしょうが、即ち即ち、これを支えている前提・・・、つまりは、「もったいない」を罪悪にしている大前提というのは、技術革新のサイクルの早さと、大量消費社会だと思います。
「もったいない」と言って、物を大事にしていたら、技術革新が進んで、結果、「もう、今時、こんな物使わないし。」ということになってしまうし、商店にしても、結局、使うアテのない大量の在庫が残る事になるだけのことであり、となれば、挙げ句が高いお金を払って、処分することになる・・・。
技術革新を否定することは、今更、出来るはずもなく、社会が後戻りすることも考えられない以上、「もったいない」は、かつて、仏教がその発祥の地、インドで根付かなかったように、必ずや、その言葉の母国によって否定されるでしょう。
(小説家 池田平太郎/絵:そねたあゆみ)2011-10

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