UA-77435066-1

イラスト入りコラムを約700点収録しています。コラムニストも随時募集中!ニュースレター制作のご相談も承ります。

ラーメンという不思議な食文化

 | 

(絵:そねたあゆみ)

●中国のイメージから離れていくラーメンの謎

 海外から入ってきて日本独特に発達し、国民食と呼ばれるまでに愛されている食べ物ラーメン。ラーメンは明治時代に中国から入ってきて、戦後に国民から愛されるまでに出世した食べ物です。戦後、支那そば、中華そばと呼ばれていたラーメンは、闇市や屋台などから人々に親しまれるようになりました。さてここで問題です。

 本格的な焼き肉屋というと、店主は韓国や北朝鮮系というイメージがあるのではないでしょうか? インド料理やネパール料理といえば店主や働いている人はインド人やネパール人というイメージがあるのではないでしょうか?

 では本格ラーメン屋の店主や働いている人は中国人や中国系というイメージはあるでしょうか? おそらく本格的なラーメン屋ほど、中国のイメージから離れているという感じはありませんか?

●中国のラーメンからどんどん日本的になったラーメン

 戦前のラーメンをはじめとする中華料理は中国からやってきた中国人による中国人労働者のための中国人の食べ物といっても良かったでしょう。特にラーメンは中国人以外では日本人下層労働者が食べるものといっても良かったものです。しかし終戦後の食糧不足の時代、安いラーメンは中流の日本人に親しまれるようになります。

 チャルメラ(インスタントラーメンではなく屋台のラーメンが町を歩くときに吹く木簡楽器)の音にひかれてラーメンを食べる学生やサラリーマンが出てくるようになります。

 やがて中華料理屋のラーメンも人気が出てくるようになります。終戦後、仕事を失った人が屋台等でラーメン屋を開いたり中華料理屋を開いたりするようになりました。

 終戦後に、日本において中華料理屋の店主、あるいはラーメンの屋台の店主=中国人ではなく、日本人となっていったのです。

 そしてラーメン屋はどんどんと中華のイメージから離れ、日本的になっていきます。昔のラーメン屋ののれんは赤布に白抜き。しかし現在のラーメン専門店ののれんは、もっとシックに黒布に白抜きが多くなり、昔のラーメン屋のカウンターは赤。しかしいまはもっと日本風に地味になりました。ラーメンの丼は、昔赤いボディに中には四角い渦巻きマーク(正式には雷文(らいもん)といいます)や龍や鳳凰の絵は少なくなり、白や黒に店名が書いているだけのもの。昔は白いコック着だったのが、いまではTシャツや作務衣。作務衣は本来、日本のお坊さんの作業着ですからとても日本的。かくのごとく元々中華的であったラーメン屋が、近年になるほど日本的に変化してきました。こんなことはラーメン屋だけかも知れませんね。実に不思議です。

●ご当地ラーメンの謎

 札幌といえば味噌ラーメン、九州といえば豚骨ラーメン、東京ラーメン、徳島ラーメン、尾道ラーメン、喜多方ラーメンと、ラーメンという食べ物は、実に多くの土地土地で独自に発展してきました。

 これらはあるときはマスコミの紹介で有名になり、あるときは大手食品企業がまだ全国に知られていないラーメンを商品化し、全国のテレビCMで流されることで有名になったり、あるときは観光客を呼び寄せるB級グルメとして開発され有名になったりと様々です。

 ラーメンは中華そばや支那そばと呼ばれていた昔から、ただの一種類ではありませんでした。明治より日本には多くの中国人がやってきましたが、彼らは広い中国大陸のいろいろな土地からやってきたわけで、中国のいろいろな土地土地には、それぞれの麺があり、それが日本のいろいろな地方のラーメンのベースとなったと考えられています。

 例えば札幌の味噌ラーメンは最初雑誌や新聞で紹介され、後にインスタントラーメンの『サッポリ一番みそラーメン』が全国で発売され、また全国にチェーン展開するチェーン店ができるなど、70年代には全国に知られるようになりました。

 九州の豚骨ラーメンは、白い豚骨のスープが特徴だが、これは長崎ちゃんぽんの影響であるといいます。

 さらに戦後の食糧難の時代、捨てるだけであった豚骨を何とか利用できないかというところから、屋台で豚骨ラーメンが出されるようになり、肉体労働者や忙しい人のために、すぐに茹であがる細麺、そしてもっと食べたい人のために替え玉というアイディアが生まれました。

 1979年に豚骨味のインスタントラーメン『うまかっちゃん』が誕生。九州が対象の商品でしたが、このインスタントラーメンで豚骨ラーメンは全国に知られるようになります。

 そして1980年代、豚骨ラーメンブームが起き、全国にチェーン展開をする店も現れました。

 福島県の喜多方ラーメンは、1982年、市の観光課が団体の観光客の昼食場として、喜多方ラーメンを出す食堂を紹介。それが話題となり、テレビや雑誌で紹介され全国に知られていきました。

 ご当地ラーメンの出自は、中国のいろいろな地方の麺が日本のそれぞれの地方に定着し、その地方に合ったラーメンへと進化してきたわけですから、本来別々の麺料理だったのが、中華麺とラーメンという言葉でひとくくりにされているといってもいいでしょう。

 ラーメンは日本でも独特の食文化を持った料理です。謎はまだまだありますが、それはまた、いつか語りましょう。

(文:食文化研究家 巨椋修(おぐらおさむ))2018-02

コメントを残す

Top