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上司に恵まれない時の政治判断

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2011-1201 官房長官時代の枝野幸男氏を評して「頑張っているのに上司に恵まれない」ことを「エダる」と言う流行語があったそうですね。

 まあ、いつの時代もこの手の話はあることのようで、
「判官びいき」という言葉で知られる悲劇の名将・源義経という人は軍人としては優秀でもやはり、高度な政治判断とは無縁の人だったのでしょう。
 彼は自らのその後の保身のことを考えれば壇ノ浦で平家を滅ぼしてはいけなかったんですよ。平家の脅威が健在であれば、上司で兄の頼朝も「狡兎死して走狗煮らる」*の典型のような酷い仕打ちを科すことはなかったでしょうから・・・。
 この点で、同じような立場に立たされた時の鋭敏な政治感覚を備えた人の対処例としては、三国志で有名な司馬懿 仲達の場合があります。
 仲達という人は、三国志演義の中では、「死せる孔明、生ける仲達を走らす」などと言われ、天才軍師・諸葛亮孔明にいつもいいようにやられる引き立て役のように描かれていますが、実際には孔明に勝るとも劣らない第一級の名将で、そのことは、都合5度に渡る両者の名勝負が「孔明の名采配の前に仲達が毎度苦境に陥りながらも最終的にはなぜかそのたびに孔明が撤退して終わる」という不思議な様相を呈していることを見ればよくわかるでしょうか。
 三国志演義などはこれを「孔明の不運」として描いていますが、運などというものはそうそう一方にばかり加担するものではないはずで、実はこのとき、仲達が所属していた魏の王宮内では仲達の敏腕ぶりを危険視する反仲達派の人々がいたようで、(事実、最終的に魏を滅ぼし三国を統一したのは仲達の孫・司馬炎です。)、かといって、彼らにしても名将・孔明がたびたび攻め込んできている以上、これと対等に戦えるのは仲達しかいないということは衆目の一致するところで、となれば反対派も安易に仲達排除には乗り出せない・・・ということだったわけです。
 ただ、その一方で仲達は惨敗を喫したならば、反仲達派ももはや仲達に頼らなければならない理由はなくなるわけで、そうなると、この時とばかり仲達の責任が追及され生命の危険に瀕することになったでしょうから、その意味では、仲達は実績を上げてもいけない(=孔明軍温存)、上げなくてもいけない(=孔明軍撃退)という難しい課題を背負わされて、この戦いをやっていたというわけです。
 相手を完全に撃滅してしまうことが自身に与えられた役割であり、それが国益なのでしょうが、それをやっては我が身が危ない・・・という場合、上手に自分の身を守りながら、その上で国益を追求する必要があるということでしょうか。
*すばしこいウサギが死ぬと猟犬は煮て殺されてしう。利用価値のある間はこき使われるが、無用となると捨てられてしまうことのたとえ。
(小説家 池田平太郎/絵:そねたあゆみ)2011-12

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