UA-77435066-1

女は強し

 | 

(絵:吉田たつちか)

 チンギス・ハーン率いるモンゴル軍団の強さの秘密。その一端に「家族」の存在があります。と言っても、戦場から帰還した後の団らん・・・などではなく、実は、モンゴル軍というのは、主力の騎馬軍団が進撃すると、その後を、ぞろぞろと家族が家畜を連れて付いて来ていたんですね。したがって、男たちにしてみれば、自分たちが負ければ、妻子も道連れになる。絶対に負けられなかったでしょうね。強かったはずです。
 ただ、これは、遊牧民だけの稀なケースかというと、そうでもなく、戦場と言っても、10万人対10万人で対峙すれば、そこに20万人の都市が出来るようなもので、その間、両軍兵士は普通に生活しないといけない。そうなると、何かと女手が必要になってくるわけで。1805年のトラファルガー海戦のときには、英仏どちらの艦隊にも複数の士官の妻の姿があったそうで、彼女らは軍から兵士同様に食糧を支給され、平時は炊事洗濯、有事には弾丸運びや負傷者の救護に当たったそうですが、いくら戦闘に参加しないと言っても同じ船に乗っているわけですから、船が沈没すれば死ぬ危険性は十分あったでしょう。実際、沈没後、海面に浮いていたフランス士官夫人は、イギリス艦に救助され、実に紳士的な扱いを受けた例もあります。
 また、1853年のクリミア戦争では、英国陸軍は1中隊あたり4人の妻の同行を許しており、彼女らも、いよいよ、基地を出て、対岸の敵要塞攻撃のために渡海することになった際には、「全員は連れて行けない」という通達が出ると、先を争って艀(はしけ)に殺到。中には、男装して紛れ込む者もあり、ついには、ほとんどの妻が乗船を認めたられたとか。危険な戦場にそうまでして付いて行きたいというのは、夫への愛・・・の他に、「基地に残った妻には食糧が与えられない」という事情もあったようですが。
 その後、対岸へ上陸した妻たちは後方の村に配置されますが、このとき、前線から敗走してきた同盟軍のトルコ兵が村を走り抜けようとして、洗濯物を踏みつけたのを見て妻が激怒。その「鉄のように頑丈な両手で」トルコ兵の首根っこをつかみ、思いっきり蹴とばしたと。さらに、彼女は、トルコ兵らが、夫の所属する連隊を見捨てて逃げてきたことを知ると、ますます激昂。トルコ兵らは、敵どころではなく、何とか、妻を宥めようとしますが、そのあまりの剣幕に兵士の一人が、思わず、「コカーナ(娼婦)」呼ばわりしたものだから、ついに、その怒りは頂点に。彼女は棒切れを振り回し、トルコ兵たちを追い回したとか。トルコ兵も前線から逃げてきて、同盟軍の兵士の妻にドツキ回されるとは思わなかったでしょうね。女は強しです。

(小説家 池田平太郎)2023-02

コメントを残す