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海上の怪異・船幽霊とSNSの炎上

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(絵:吉田たつちか)

 夜の海に出現する怪異をご存知でしょうか。「船幽霊」といい、船を沈めようとするものです。海から無数の手が伸びてきて、「柄杓をくれ」と頼んできます。要望通り柄杓を渡すと、これで海水をすくい船に注ぎ込むのです。いつ止むとも分からず、ついに船は沈没してしまう。
 もし海上で船幽霊に出会ってしまったら、柄杓をそのまま渡さず底を抜いたものを渡すようにする。そうすることで、いくら海水をすくったとしても船に注ぎこまれることはありません。
 この海の怪異は、元々海で命を落とした人間だといわれています。それなのに、また被害者を出そうとするのは不思議だと感じないでしょうか。なぜ、このようなことをするのか。それは、「不公平」を感じているからです。自分と同じように海に出て、無事港に戻れるなんて理不尽だ。同じように、つまり「公平」に命を落としてほしいと考えているのです。
 「不公平」とは人間に怨みを募らせる最も大きな怒りで、現代でも多くの犯罪の原因になっています。身近なものでは、SNSの炎上や誹謗中傷ではないでしょうか。誰かが不用意な投稿をした途端に、一斉に正義を騙った人たちが叩いていく。これも不用意な投稿を許されたら不公平だと感じているからこそ起きる現象です。海水ではなく悪意をどんどんと注いでいき、沈没するまで止めません。沈没したら、今度は新たなターゲットが出現するのを待つだけです。
 これが船幽霊だったら底の抜けた柄杓を渡せばやり過ごせますが、現代のSNSの炎上は対策が難しいものです。弁護士を入れて誹謗中傷で民事裁判をしたり、刑事告訴をして事件に発展させたりはできるものの、根本的な解決には至りません。
 それは現代の船幽霊である人たちの心が不公平で満たされているからです。現代の船幽霊たちは命こそ落としていないものの、自分が社会の底だと暗に気付いている人たち。これはインターネット社会になり、情報の収集が容易になったからこそ、気付かされたことです。社会の上ばかりに目を向けるからこそ、自分たちの方に引きずり込もうと手ぐすねを引くことになります。
この現代の船幽霊を非難することは簡単です。しかし、彼らに不公平さを感じさせない社会を作ることも必要ではないでしょうか。海上の船幽霊は、夜を照らす明かりで消えてしまったことを考えると、社会を照らす光が必要なのでしょう。その「光」をそれぞれ求めることが、もしかすると「生きる」ということなのかもしれません。 

(コラムニスト ふじかわ陽子)2024-9

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