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徳川家光の人事手腕

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06-06-13「天下のご意見番」として、映画やドラマの題材になっていた人物に大久保彦左衛門という人が居ます。
この人物は、実在の人物なのですが、実際には、天下のご意見番というよりは、窓際族だったそうです。
生粋の三河武士であったにも関わらず・・・です。
で、当然、憤懣やるかたなく、そこいらの鬱憤を書きためたのが、家康の立志伝とでも言うべき、「三河物語」であり、それは、当時、彦左衛門同様に待遇に不満を持っていた武功派武士たちから支持され、一大ベストセラーとなったのです。
では、なぜ、彼が「天下のご意見番」などと言われるようになったのかと言えば、三河物語の評判と共に、彦左衛門の憤懣を知った、時の三代将軍家光が彼を抜擢したからです。
家光という人は、人事面においての、その手腕には見るべきものがあったと思います。
家光の人事上の特徴、それは現在、不遇にある人材を抜擢することです。
冷遇されている人や、自分のバックアップあっての家臣のような者を積極的に抜擢しています。
家光の腹違いの弟に保科正盛と言う人がいます。一方で、家光は両親が弟(実弟、大納言忠長)ばかりを可愛がって自分を廃嫡しようとまでした経緯があったこともあり、この弟を自害に追い込んでいます。
でも、そうは言っても、身内に頼れる奴がやっぱり欲しくて・・・、で、そんなときに自分にもう一人、弟がいることを知り、しかも異母兄弟だし、一度、家臣の家に養子にいっているから、自分の後を狙う心配もない・・・で抜擢するわけです。
この保科正盛も嬉しかったんでしょう。父秀忠は奥さんが怖くて認知さえしなかったそうですから・・・。
(ちなみに秀忠の妻で家光の母というのは、あの淀の方の妹で、お市の方の娘、つまり、あの「鳴かぬなら 殺してしまえ!」の信長の姪にあたるわけです。いやー、聞いただけで気が強そう・・・。)
それまで徳川家の血を引くことは知っていても、父は会ってさえくれない天涯孤独だったわけで、そこへ、兄から「これでもか!」というばかりに頼りにされ、次々に抜擢される・・。最後は失明してまで、文字通り、命を削って働いたそうです。

(文:小説家  池田平太郎/絵:吉田たつちか)2006-06

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