UA-77435066-1

イラスト入りコラムを約700点収録しています。コラムニストも随時募集中!ニュースレター制作のご相談も承ります。

繊細な日本人の感性を大事に

 | 

05-09-02住めば都か懐郷の念か・・・・  様々な分野で西洋化されている現在の日本では、多くの人が海外に憧れ、旅行や留学、または移住など壮図を抱いている。 他の言語を習得することや、外国文化や習慣を経験できることは魅力的で、自身の視野をグンと広げられることができる。 私自身も何度か日本と海外とを行き来し、その地の文化や生活スタイルを経験することができた。そして何 より日本とは全く違う生活が楽しく、エキサイティン グな毎日を送っていたことが懐かしい。

例えば日本では煩わしくて嫌いだったウォーキングや、忙しくてできなかった公園のベンチで読書なんかも、自ら好んで行うようになった。しかし、今こうして異国の地に定住してからは母国を少し違った眼で見るようになった。

先ず、日本のずば抜けたサービス精神は、海外生活が長い人は必ず思い出すであろう。 海外と言っても世界各地のお国柄により差はあるであろうが、日本のサービス基準の高さは有名な話である。美容室では、できるだけお客様に心地良い気分でいてもらえるようコーヒーや紅茶を出す店も少なくない。ガソリンスタンドでは窓拭き、タイヤの空気圧チ ェック、ごみ捨てさらに車内用の濡れ雑巾まで貸してくれ、スタンドに滞在するほんの短い時間でさえも、私達に満足感を与えてくれる。

日本に住んでいると、こんなあたりまえのことは忘れてしまいがちだが、海外でここまで気の利く接客は聞いたことがない。 なにかしらサービス業を行う上で、経営者は先ず顧客のことを一番に考える。どうすれば満足の行き渡る接客が行えるか、どうすればお客様に喜んでもらえるか、これは当然の考えのように思えるが、海外でこんな考えを皆が皆持っているわけではない。不良品の返品ひとつにしても、「何日ごろ到着予定ですので、確認の為、一度お電話ください。」とこうだ。日本であれば、客に何か行動を起こさせることは 先ずないであろう。お客様は神様のごとく、サービス 提供者が自発的に完璧なサービスを目指そうと試みるのは日本では常識だが、海外では残念ながらそうではない。

海外のお粗末なサービス実態を挙げれば限がないが、 テレビや衛星放送、ホームシアターなどの接続は、まず信用できない。日本では、電気屋から委託されているエンジニアや配達係りの人が各家庭に派遣され、床や壁が傷つかないように大きなクロスを敷き、あっという間に接続が完了する。散らかった段ボール箱やビニール袋ももちろん綺麗に掃除して帰ってくれる。そして時々店頭で見かける表示が、「配達員の靴下はいつも綺麗な真っ白を履いています。」こんなことが海外ではありえるだろうか。 つい最近、我が家にオーディオセットの配達と接続に、エンジニアの人が来てくれたのだが、「このスピーカーから音が出るはずだが、何らかの理由で音が出ない。自分では分かりかねるので、もう一度店頭に行 って担当者に聞いてください。」私は怒りを通り越して呆れかえってしまった。エンジニアの彼に分からないものが、どうして店頭の販売員に分かることができるのだろうか。彼は十分に調べることもなく簡単に諦めて帰ってしまった。結局、旦那が説明書を見ながら 直すことができ一件落着となったが、どうしたものだろうか。 私達には考えられない話だが、この国では特に珍しい話ではない。この国のおおらかさ、フレンドリーな人々やのんびりとした生活観、私は大好きだが日本のことはもっと魅力的に思えるようになった。ひとつひとつの丁寧さ、 日本人の謙虚な姿勢、日本の良さを思い出す度に、日本人としての誇りを感じる。 秋の夜空、虫の音を聞いて心地良い気持ちに浸る。この感性があるのは日本人だけだそうだ。この繊細な感性を大事にしてもらいたい。 西洋文化に憧れ、髪を染めたり、西洋人のスタイルの 良さをうらやむ気持ちは分かるが、少し控えめすぎる私達は、日本人としての誇りと自信を持って欲しいと心底から思うようになった。 私が日本、日本人の素晴らしさに気付くことができた のも、故郷を離れたからであり、今私が住んでいるこの国に感謝しながらも、日本人としてのプライドを持 ち”日本”をもっと探求してみようと思う。

(文:ニュージーランド在住、Reeoko/絵:吉田たつちか)

コメントを残す

Top