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昔安かった食材がいまは高級品

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(絵:吉田たつちか)

 「目黒のさんま」という落語をご存じでしょうか? ある日お殿様が馬で目黒に遠乗りに行くと、共の者が弁当を忘れた。お殿様お腹を空かせているといい匂いがしてくる。農家の人がサンマを焼いている。お殿様が食べさせてもらうと、その美味しいこと美味しいこと。
 サンマというのは、大衆魚ですからこれまでお殿様はアツアツの脂をしたたるサンマを食べたことがない。
 何日かたち、お殿様はまたサンマが食べたいと思って、家来に買いに行かせる。家来はサンマを日本橋の魚河岸で買ってきて、体に悪いからと脂を全部落としたものを食べさせた。当然美味しくない。お殿様は「どこで買ってきたのじゃ?」「日本橋でございます」「そうであろう。サンマは目黒にかぎる」というのがオチ。
 このサンマやイワシ、アジなどは下魚で高貴な人は食べなかったといいます。昭和天皇も太平洋戦争の食料不足のときにはじめてサンマやアジを食べ、「これは美味しい」と、好まれるようになったとか。
 その大衆の味方、サンマが近年、年々お値段が上がっている。その理由はサンマの漁獲量の低下が主な要因らしいのです。このままではそのうち高級魚になるのでは?なんて言う人もいるくらいです。
 むかしは安すぎて誰も食べたがらなかった安い食べ物が、高級食材になることはときどきあることです。例えば寿司屋にいくと大層なお金を取られる大トロ。ご存じのように昔は猫マタギ、猫もまたいで食べないまずいもの。江戸っ子も「あんなマグロの脂身なんて食えるかい」と畑の肥料にしていたそうな。
 イワシも最近は漁獲量が減り値段が急騰、高級魚になる魚の候補生です。昔は大量にとれ、干して畑の肥料にしていた魚なんです。お正月に食べることがおおいニシンの卵の数の子も、むかしは食べずに捨てていたのがニシンの漁獲量が減り、商品価値が上がり高級品になりました。
 みなさんコレなんかおかしいと思いませんか?
大衆魚・下魚だったから、安かったら食べなかったのが、値段が上ったり、インフルエンサーが「美味しい」というと急に売れ出し高級になる。つまり誰も自分の舌で食べていないのです。
ある漫画で「このハンバーガーとコーラは世界で一番売れている。だから世界で一番美味いものに決まってるだろ」というセリフがありました。
売れているから美味しいのでしょうか? 有名人が美味しいというから美味しいのでしょうか?
もしそう思っている人は、いま100円~200円で売っているカップ麺が、5000円くらいになり、有名人が「これは美味しいねえ。サイコーだよ」なんて言い出したら、こぞってカップ麺をお中元やお歳暮に送ることでしょう。逆に値段が安いものやインフルエンサーが「不味い」と言ったものは「不味い」と思うのでしょう。
高級食材というのは、本当に美味しいものとは限りません。かつて捨てられていたものが、値段が高くなるだけで急に「美味しい! サイコー」と言われるのです。他人が美味しいというから美味しいのではなく、値段が高いから美味しいのではなく、自分が美味しいと思ったものが美味しいはずなのです。
ぼくはときどき値段が高いもの、安いものなどいろいろな食材を用意してもらって、目隠しをして食べ比べ、飲み比べをすることがあります。その場合、どれが高級かとか庶民的かという情報は入れません。何もわからずに食べ比べます。そのとき美味しかったものが、ぼくにとって(他の人は知りません)美味しいものなのです。
 ぼくは何人かの一流シェフや板前、料亭の亭主を知っていますが、みなさん同じ意見です。あるシェフは、スーパーに売られている冷凍食品を食べて「勉強しないと」と言い。ある料理人はファミレスの料理を食べて「この料理はうちに勝るとも劣らない味だ」と言っておりました。
 他人の評判より自分の味覚を信じたいもの。ぼくは大衆魚・下魚と言われるサンマが大好きです。この安くて美味しいお魚が、これ以上値段が上らないことを祈るばかりです。
(食文化研究家:巨椋修(おぐらおさむ))

(巨椋修(おぐらおさむ):食文化研究家)2022-10

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