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現代人が知らない海の常識

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(絵:吉田たつちか)

 明治生まれの映画監督・黒澤明は、子供の頃、「水練」の授業で「船の下を潜って向こう側に出る」ということをやったそうです。現代人からすれば、「それって、何が難しいの?」と思うでしょうが、実際には海に潜って、船の下をくぐろうとすると、その瞬間、水圧で背中が船底に吸い付けられてしまうそうで、こういうときは慌てずにくるりと反転して、お腹の方を船底に付け、そこから、船底を這うようにして海面へ上がってくればいいんだとか。でも、私も含め、現代日本人の大半はそんなこと知らないでしょうから、普通、まず、パニックになりますよね。そう言うと、今の時代に船の下なんて潜る機会はない」と言われましたが、人間、いつどうなるかわからないわけで、こういう話はきちんと記録しておくべきだと思いますよ。
 海と言えば、大正生まれの俳優・池部良は、子供の頃、海水浴場で握り飯を食べていたら、隣でビールを飲んでいたおじさんが、「ありゃあ?沖に走っているの、一等巡洋艦の妙高じゃねえか。東京湾で、あんなばか早い速力出しやがって。ケツから引いてる波、ここにやって来て、防波堤にぶつかって、この小屋なんか、ぶっ飛ばされちまうぜ。おい、そこの女二人。早く、こっちへ来い。でけえ波がくるぞ」と怒鳴ったと。女二人とは腰巻きだけで上半身は真っ裸の、若いお母さんと女の子。(これが、まだ水着という物が普及する前の海水浴風景。日本は元々、銭湯でも混浴だったくらいですから、それほど裸に対する抵抗はなかったのでしょうが。)
 で、見れば、沖には、確かに軍艦が左から右へと走っており、おじさんが怒鳴って20秒も経たぬうち、海面が異様に盛り上がったかと思うと、轟音とともに防波堤に当たり、 華厳の滝のような飛沫を上げて砕け散ったのを見て、おじさんは、「な、言った通りだろ。俺、海軍にいたから知ってんだ」と自慢げに言ったと。
 ちなみに、四方を海に囲まれた海洋国日本ですが、実は、日本での海水浴という習慣は、それほど古い話ではありません。もちろん、夏に体を冷やす目的や、皮膚病対策などで海に入る人たちはいたようですが、本格的に「海水浴場」なるものが出来たのは明治以降。政府が国民の健康のために奨励したからだと。それでも当初はなかなか定着せず、海水浴場が出来た際には警察トップの海水浴奨励談話を掲載してもらうなど、新聞で一大キャンペーンを張り、男女を別にする対策をするなど、苦心したものの、結局、オープン当日には、女性は子供の付き添いのお母さんが岸から見ているだけだったとか。

(小説家 池田平太郎)2023-05

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