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大久保利通・田中角栄に見る権威の淵源

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2010-02-4私には、「座右の銘」的な意味合いで使っている言葉があります。それが、「季布ノ一諾ニシカズ」です。
季布という人物に対しては、まあ、晩年は生身の人間らしいエピソードもあるようですが、ともあれ、「季布ノ一諾ニシカズ」とは、「彼が一旦、『諾!』と言ったことは、どんな物よりも価値がある!」と言われた・・・ということであり、言うならば、「約束を守りましょう・・・。」的な意味なのですが、こう言うと、若い人には煙たがられそうですがそういう説教的な意味ではなく、私には、具体的な例として思い浮かぶことがあります。
明治以降の日本の権力者で、とかくの批判はありながらも知恵者・くせ者・切れ者・・・といった多くの政敵が、それぞれに、様々な手段で挑みながらも、誰も、どうにも倒せなかった不倒翁とでも言うべき人物が二人います。
私には、この二人の強さと言うものは、「実力」・・・というものを通り越して、もはや、ある種、運命的ですらあったようにさえ思えます。それほどまでに、誰も排除することが出来なかった2人の人物、それが、大久保利通と田中角栄です。
大久保には、江藤新平、西郷隆盛らが、田中には福田赳夫三木武夫ら、様々な個性が様々な手段で挑みましたが、結果的に誰も彼らを追い落とすことができませんでした。(大隈重信、中曽根康弘という人たちは、独特の臭覚で彼らに挑む不利を感じ取ったと言えるでしょうか・・・。)
で、しばらく経ってから、ふと、この二人に共通点があることに気づきました。この二人の強さの秘密・・・、それこそが、「一諾を守る」ということだったように思います。
大久保は、OKの時は「それは、御裁可になるでしょう。」久保利通・田中角栄に見る権威の淵源という言い方をし、田中は、一言、「わかった。」と言ったといいます。そして、二人が一旦、OKと言ったモノは、絶対に、実現したそうです。
それこそが、単なる権力者とは違う、この二人の、運命的にまで強い権威というものの淵源となっていたように思えます。
田中は、選挙になると、各地の首長のところへ直接電話をかけ、「以前陳情があったあれだが、やることに決めた。」とだけ言った・・・というのは有名な話ですよね。
「代わりに誰々を応援しろ。」などとは言わない。
ただ、「やる」。
それだけで、事足りる・・・。
田中が「やる」と言うのは、絶対に「実行される」ということでもあり、空手形に終わる可能性がないという点で、他の権力者の「やる」とは、重みがまるで違ったわけで、これが、闇将軍と言われながらも、田中が求心力を持ち得た大きな要素だったと思います。
一方、大久保は、目を開けていたら、誰も、まともに顔を見ることが出来なかったと言われるほどに威厳があり、このことは、明治初期、維新の元勲の一人、木戸孝允が、自らが主催する会議で、いくら「静粛に!」と言っても、幾多の戦いをくぐり抜けてきた豪傑たちは、一向に静かにしようとはしなかったところ、遅れてきた大久保が着座すると、一瞬にして、水を打ったように座が静かになったとか・・・。
これなども、権威というものの本質を、よく物語ってくれているように思えます。権威というものは、権力を持てば自動的に付いてくるものではない・・・。
(文:小説家 池田平太郎/絵:吉田たつちか)
2010.02

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