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変化する食卓の風景

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(絵:そねたあゆみ)

●江戸時代の食卓

 いまから150年以上前、東京がまだ江戸と言われていた時代、江戸の食卓はいまとはずいぶん違ったものでした。

 おそらく皆さんが食事をするとき、テーブルを使う人がほとんどではないでしょうか? 江戸時代、まだテーブルはありません。箱膳といって、30センチ四方くらいの箱がお膳でした。その箱には蓋が被せてあるか、あるいは引き出しがついていて自分の茶碗やお椀、箸などを収納できるようになっていました。

 箱膳でない場合でも丸や四角のお盆様なものを食膳にしたり足をつけたりして背を高くし、食べやすくした膳で食べていました。

 江戸っ子たちはあまり食器を洗わなかったようです。まったく洗わなかったというのではなく、食事の最後に湯漬けなどをするのですが、そのときタクアンなどで茶碗などをぬぐっておしまい。あまり衛生的とは言えませんね。

 水が貴重ということもあって、ジャブジャブと洗うことはあまりありませんでした。

●明治時代、箱膳からちゃぶ台へ

 江戸時代でも長崎など一部の西日本は箱膳ではなく、ちゃぶ台を使用して食事をしていました。それが全国に広まったのが明治時代です。

 明治になると西洋文明がどっと入ってきます。ちゃぶ台の「チャブ」とはその当時「西洋料理」の俗称でした。

 もしかしたら、当時の日本人にとってちゃぶ台は、ハイカラな食卓に映ったのかも知れません。

 明治、大正と箱膳の使用は減り、ちゃぶ台の使用が増えていきます。それが逆転したのが昭和一桁代。昭和の中期になるとほとんどの家庭でちゃぶ台が使われるようになりました。昭和を象徴するアニメ『サザエさん』では一つのちゃぶ台を一家が囲むシーンが頻繁に描かれています。まさに昭和の家族を表すものがちゃぶ台でした。

 そしてちゃぶ台を囲んで一家団欒というのも電気が発達した昭和の風景なのです。それ以前は「食事中に喋るのは行儀が悪い」という考えから、あまり喋ることもなく、特に夜は真っ暗になってしまうわけですから、団欒という雰囲気ではなかったようです。

●昭和後期から平成にかけてダイニングテーブルが多くなる

 戦争が終わり、これまで以上に欧米の文化が入ってくるようになると、日本の食卓を席巻していたちゃぶ台に強力なライバルが現れます。

 それがダイニングテーブル。ダイニングテーブルを使用する家庭は戦後急速に増えていきます。昭和の象徴であったちゃぶ台と逆転するのは、1970年前後。昭和でいうと45年前後ですね。

 平成の時代では各家庭の7割以上がテーブルになっているようです。

 また昭和の終わりあたりから、父親は仕事で帰りが遅くなり専業主婦の母親も少なくなり、子どもは遅くまで塾や習い事と一家団欒できる家庭は減り、孤食が問題化していきます。

●令和の食卓は?

 食卓というのは、どうも時代によって大きく変化するようです。江戸や明治・大正の人が、日本人の多くが、西洋人のようにテーブルで食事をするなどということは想像できなかったかも知れません。

 もしかしたら令和の時代、あるいはその先の未来、私たちの食事風景はいまと全然違うものになっているかも知れませんね。

(文:食文化研究家 巨椋修(おぐらおさむ))2019-09

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