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異様にお米を食べる日本人

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1108-10 瑞穂の国(みずみずしい稲の穂という意味の国)と自ら名乗るほど、お米大好きな日本人ですが、昔の日本人はほとんどお米ばかり食べて生きていたといっても過言ではありません。
特に玄米はビタミンBも豊富であり、たんぱく質も含まれている完全食に近いわけですから、戦前より前の日本人は大量のごはんと、わずかなおかずで食事をすませていたのです。
具体的にいえば、茶碗に山盛りのごはん、ほんの少しの漬物と魚、あとは味噌汁と、ごはんが8割以上でおかずや汁物がほんの少しという内容でした。
日本人は海外の人から見れば異様にごはんばかり食べる民族に見えたことでしょうね。
ただ、完全食なのは玄米であって「白米と書いて粕(カス)と読む」というくらい白米となると不完全食となります。
江戸時代、白米を主食にできたのは江戸や大阪のような大都市のみで、そのため白米を過食した人々はビタミンB1欠乏症である「脚気(カッケ)」という病気にかかり、多くの人が命を落としました。
ビタミンB1は玄米や胚芽米には入っているのですが、白米には入っていないのです。江戸や大阪以外の土地では、白米だけではなく麦や、稗(ヒエ)、粟(アワ)といった雑穀と一緒に食べていたので、脚気にはらなかったのです。
当時、脚気の原因はわかっていませんでしたが、田舎から江戸に来た人が脚気になり、江戸を出たとたん脚気が治るため、人々は「脚気」を「江戸患い(エドワズライ)」といって恐れたといいます。
(食文化研究家 巨椋修<おぐらおさむ>/絵:そねたあゆみ)

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