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将軍様は冷えたごはんを食べてたの?

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(絵:chatgpt.com)

●贅沢三昧じゃない将軍の食事
江戸時代、日本に君臨した徳川将軍家。フランス王家などヨーロッパの王様たちは、毎日のように晩餐会を楽しんでいたとか。中華帝国の大王は「満漢全席」といって、豪勢な宴席料理を数日かけて食べるなどなど、王様や大貴族は贅沢三昧をしたという言い伝えがありますが、徳川将軍家はどうなんでしょうか?
実は初代将軍であった徳川家康が質素をすすめる人だったので、後の将軍たちも贅沢三昧はできなかったようなんです。
●将軍は冷えた料理を食べていた
とはいえ将軍家の食事は、庶民にくらべたらはるかに豪勢なものでした。しかし豪勢と言っても、広い江戸城の厨房で作られた料理は何人ものお毒見役が試食して、お毒見役に異常がないことがわかってから将軍様に運ばれます。みなさんが毎日のように食べているホカホカごはんは食べることができません。これだけを比べれば現代の庶民のほうが贅沢なのかもしれませんね。
●タブーだらけの将軍の食事
さらに将軍には「食べてはいけない」食材がたくさんありました。ネギ・ニラ・ラッキョウ・ニンニクなど匂いの強いものはダメ。魚はサンマ・イワシ・フグ・アサリやカキなどもダメ。肉類は雁・鴨・兎のみがたまに出るくらい。もっとも最後の将軍徳川慶喜(よしのぶ)は、豚肉を好み、牛乳を毎日飲んでいたとか。
これは実父の水戸藩主徳川斉昭(なりあき)が、江戸時代の人には珍しく牛肉好きで、実父からは「健康のため毎日牛乳を飲むように」と命じられていたから。そのおかげか慶喜は歴代将軍でもっとも長生きの76歳まで生きました。
ちなみに歴代将軍の平均寿命は50歳。将軍は毎日健康診断をしているのに意外と短いのは、偏った栄養の食事のせいではないかと言われています。
とはいえ甘味は許されていたらしく、14 代将軍の徳川家茂(いえもち)は、甘いもの好きで虫歯が30本もあり、虫歯が原因で21歳の若さで亡くなっています。
最後の将軍の好物は庶民的?
徳川将軍は初代家康から15代将軍の慶喜まで続きます。慶喜は大正2年まで生きました。
慶喜のひ孫にあたる徳川慶朝(よしとも)氏の著書『徳川慶喜家の食卓』によると、慶喜は出されたおかずは好きでも嫌いでも必ず箸をつけ、下手に残して作った者が叱責されないよう気を使っていたといいます。
子どもには「好き嫌いを申すな」といつも語っていたそうです。徳川宗家17代の家正氏の三女、順子氏によると「贅沢とはあんなものを作ってとかこんなものが食べたいということ自体がお贅沢」であったというから、将軍家というものは、食にあれこれ言わないものであったようです。
また晩年の慶喜の好物はわかっていて、ベッタラ漬やおかか(かつお節)に醤油をかけたものが好きだったといいますから、最後の将軍は意外と庶民的なものがお好きだったので
すね。
(巨椋修(おぐらおさむ):食文化研究家)2024-05

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