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戦争は生活を根底から破壊する

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(絵:吉田たつちか)

ブルーノ・ハウプトマンという人物をご存知でしょうか?と言っても、おそらく、大半の人がご存知ないでしょう。大西洋単独無着陸飛行の英雄、チャールズ・リンドバーグの一歳半の息子を誘拐し、殺害したとして死刑になった人物です。
大恐慌さ中の1932年(昭和7年)、事件は起きました。リンドバーグは莫大な身代金を支払うも、結局、愛児は2ヶ月後に遺体で発見。(この間、リンドバーグ家には1ヶ月で、3万8千通の手紙が届いたそうで、その内訳で一番多かったのは、何と、「自分が見た夢」についてだったとか。)
しかし、捜査は難航し、2年後、身代金の大半を持っていたとして、ハウプトマンが逮捕されます。確かに、身代金を持っていた時点で、関係でもないのかもしれませんが、一方で、なぜ、ニューヨークに留まっていたのかなど疑問に思える点もあります。(当時はコンピューターなどありませんから、札番号は一々、手作業で照会せねばならず、西海岸などで使っていたら発見はかなり困難だったでしょう。)また、仮に、身代金をせしめたのが彼だったとしても、誘拐殺人は別だった可能性はあります。(事件後、便乗した身代金要求がたくさんあったとか。)
が、彼を取り巻く環境は過酷でした。身代金を奪われた挙句、犯人を逮捕できなかった警察の「まず犯人ありき」の強引な取り調べと、世論に押され、最初から、「まず死刑ありき」だった裁判所の体制もあり、ハウプトマンは最後まで無罪を主張するも死刑となります。真相は今となってはもはやわかるはずもなく、私が言いたいのは、彼自身のことです。
彼は元々、ドイツ人で、豊かではないものの敬虔なキリスト教徒の母の薫陶を受け、四人兄弟の末っ子として、本来なら、そのまま、平凡で穏やかな一生を送るはずでした。その彼の運命を狂わせてしまったのが「戦争」です。
第一次世界大戦が始まると、彼ら四人兄弟は徴兵され、上二人の兄は戦死。自身は怪我こそしたものの無事、復員しますが、軍隊では、「必要なら盗め」が常識だった上に(時には上官の愛犬を盗み、皆で食ってしまったとか。)、敗戦国ドイツの経済は崩壊。悪性のハイパーインフレが国中を覆い、失業者は国中に溢れる一方。これではまるで、神が悪の道へと導いているような。やむなく、盗みを繰り返すうちに逮捕され、出所後はアメリカに密航を企て、三度目でようやく、成功。その後は、犯罪に手を出せば強制送還される危険があったことから、マジメに暮らし、同じドイツ系の女性と結婚。妻や友人に囲まれ、好況の波にも乗って経済的にも順調、幸せな生活を送っていたとか。戦争は人の生活を根底から破壊するということでしょうか。

(小説家 池田平太郎)2023-06

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