(絵:吉田たつちか)
我が家のベランダからJAの葬儀場が見える。ここ4日間り灯りがつきぱなしである。連日葬儀が行われているということだ。人口1万を少し欠ける街にしては多い気がする。コロナ禍の最中は家族葬が主流になっていたのが、通常の葬儀に戻りつつあるのか?それとも、老人が次々と亡くなっているのか?
小生の飲み友達も今年は何人か亡くなった。いずれも癌などの持病を抱えてはいたが、なんとかコロナ過の中、生き延びたのに、これが遠のいて安心したのか、それとも出歩く機会が少なかったため筋力・気力が落ちたのかもしれない。いずれにしても、年齢的には長生きの範疇ではあったが寂しさがつのる。
そんなわけで飲み友達が減っていく中、自分たちの余命の話で酒場がもりあがる。だれもが、ピンピンコロリを渇望している。
そのためには、定期検診は受けない、なるべく薬を飲まずに、毎日かかさず酒を飲み、カラオケで喉を鍛えて誤飲を回避、ストレスを貯めこまないのがいいと小生がいうと、「一理ある」と合点する飲み友達が増えた。
自分の歯が残り少なくなり、入れ歯のため味覚感知力が鈍ってきたようで、おごってくれるお金持ちの友人や娘たちには、近頃はうなぎか、回らない鮨や天ぷらしか美味しく食べられないとうそぶいている。
先日、車の免許を取ったので、爺さんのところに遊びに行くと孫から電話があった。
家族の誰も、危ないからといって同乗してくれないとのこと。乗ってきた車を見ると、ドアとバンパーにすでに大きな傷がある。駐車場でこすったので別段ケガはなかったと弁明するが、これでは家族のだれも同乗したがらない筈だ。娘いわく「爺ちゃんなら、どうせ、余命わずかだからいいのでは・・・」といわれたとのこと。母から食事代も貰ってきたからというので、最近オープンした高級で高そうな鮨割烹に誘い、おいしい食事と酒を堪能した。
この歳になっても孫たちに何か役に立てることがあるのがうれしい。
(ジャーナリスト 井上勝彦)2024-01